第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
それなのに。
「……たまらねぇな、この匂い」
リヴァイが髪を梳きながら顔を近づけてつぶやく。
その恍惚とした艶のある低い声と、髪をさわられている感触との相乗効果でマヤはまた気が遠くなりそうになったが、ふっと現実に引き戻された。
……やだ、私… お風呂に入ってない…!
壁外調査では無論、風呂なんか入ることはできない。最大限に良い条件のときで近くに川や湖があった場合に水浴びができる場合もあるが、それも全員ではなく強く希望した者に限られる。
そうでなければ通常は井戸水で硬く絞ったタオルで体を拭くくらいだ。手や顔は洗えても、洗髪までは余裕がないのが現状である。
そして今はまだ夏、8月の終わり。
マヤは風呂に入らずに髪も洗っていない自分が汗臭いのではないかと急に思えてきて、とんでもなく恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。
そのうえ相手はリヴァイ兵長。
……潔癖症の兵長に、汗で汚い自分の髪をさわられるなんて無理…!
急激にパニックになりそうになって、無言で思いきりリヴァイを両手で押し返した。
「……なんだよ」
いきなり全力で拒否られたように突き放されて、リヴァイは少々ムッとする。
「汚いですから…!」
「……あ?」
「だって私… お風呂に入ってないし汗臭いかも…。お願いです、近寄らないで」
“そんなことか” とリヴァイはニヤリと笑う。
「馬鹿」
ぐいとマヤを強引に抱き寄せて、髪に顔をうずめた。
「風呂に入ってねぇからいいんじゃねぇか…」
「やっ! 嫌です、放して…!」
自身の腕の中でじたばたと暴れているマヤをがっちりと捕まえて、リヴァイは笑う。
「……心配するな。ちっとも臭くねぇから…」
そして深々と髪の匂いを吸いこんだ。
「はぁ…。たまらねぇ…」