第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
「マヤが行くようなところじゃねぇ…」
……マヤがどういうつもりで地下街に行きたいなどと言い出したのかわからねぇが、あのろくでもねぇ場所にマヤは似つかわしくない。
「空のない…、希望も打ち捨てられた腐った街だ」
「私はそうは思いません」
その声はもう、涙声でもなんでもなくて。どこまでもまっすぐに透きとおっていて。
「兵長と、お母様と…。そしてその物好きな男の人。兵長の仲間になった人たち。みなさんが生きたところでしょう? 腐ってなんかいません」
マヤは何を思ったのか、今まで上から重ねられていた右手で、そっとリヴァイの左手を包みこんだ。
「兵長は強くて優しい人です。そんな兵長が生まれ育った地下街を見てみたいの…」
「マヤ…」
……そうだ、俺の生まれた故郷は地下街。
華やかな王都の地下に打ち捨てられたスラム街。犯罪の温床で、母親も娼婦だった。
いつかは地上権を得て出ていくことを夢見ていたが、悪い思い出ばかりでもない。
母親と二人で分け合った硬いパンに具のないスープ。
ごちそうではなかったが、優しい母親の笑顔と体温に包まれてどれだけ幸せだったか。
あのふざけた男だって。俺にナイフの使い方を根気よく教えてくれたっけ。初めて山のように大きな男を倒したときには、顔を皺くちゃにして喜んでくれたな…。
そしてあいつら。
皆ろくでもねぇやつばかりだったが、子供みてぇに笑いやがって。
あぁ俺は、地下街を憎むと同時にこんなにも懐かしんでいる。
……俺の故郷があそこであることは天地がひっくり返ったとしても変わらねぇからな。
そこにマヤを連れていく。
二度と帰ることはないと思っていた地下街へ。
……マヤと一緒にかつてのアジトをまわれば、何か大切な想いを見つけることができるかもしれねぇ。
それも悪くねぇかもな…。