第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
「興奮剤なんて名前、具体的じゃないから一瞬わからなかったです」
マヤが言い訳をするかのように話をつづけている。それを何とはなしに聞いていたリヴァイだったが、次の言葉にぎょっとする。
「キス魔薬なら名前のまんまキスの薬だってわかるんだけど…」
「……キス魔薬ってなんだ」
「誰にでも見境なくキスしまくる薬らしいです。惚れ薬は一人にしか効かないけど、キス魔薬は人数に制限がないとか…。怖いですよね…」
「……チッ、クソメガネが! おい、絶対に飲むんじゃねぇぞ!」
リヴァイのあまりの剣幕に驚きつつ。
「大丈夫ですよ? まだ完成してないって言ってましたし…」
「まだ完成してないってことは、そのうち完成するってことだろうが。マヤは知らないかもしれねぇが、そのキス魔薬とやら以外にも、いわゆる媚薬や催淫剤をハンジは研究している。いいか、ハンジの薬はどんなものでも全部飲むな」
掴まれている手がギリギリと痛くて、リヴァイの声が尖っていて、マヤは泣きそうになってくる。
「わかりました…、飲みません。でも全部というのは…。普通の薬だってあるんですし。ハンジさんがもし善意で出してくれた風邪薬があったとして、それも飲んじゃ駄目なの…?」
困った様子で眉を八の字にしているマヤの横顔を見て、リヴァイはしばし考えていたが。
「なら薬を飲む前に、モブリットに相談しろ。モブリットが飲んでもいいと言ったら飲んでいい」
……ハンジなら暴走して、あの手この手でマヤに媚薬を飲ませるかもしれねぇが、モブリットなら…。あいつの良心にかけるしかねぇ。
「……了解です…。モブリットさんに相談することにします…」
マヤは涙声になっている。
……どうして、こんなことに?
一人きりでの夜の見張り。深い夜霧に見舞われて不安なところへ現れたリヴァイ兵長。初めて話してくれた地下街での暮らし。互いに星だとささやき合い、気がつけば重ねられた手が熱くて。
幸せな気持ちで楽しく話していたつもりだったのに、怒られたような気分になり、強く掴まれている手が痛い。