第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
長らく重ねていた手はもう感覚が麻痺して、熱く同化したみたいになっていたのに。
急に荒々しく上から掴まれて、その痛みにマヤは理由もわからず抗う術もない。
「兵長、痛いです…」
だがリヴァイはそれには反応せず、低い声で静かに訊く。
「マヤ、ハンジがどんな薬を作っているか知ってるのか?」
「ニファさんから教えてもらったことがあります」
マヤはあのとき…、ウサギパンと茶葉をハンジに渡しにいくのにニファに部屋を案内をしてもらったあのときに、ニファが色んな種類の薬の名前をならべたてたことを思い出しながら答える。
「風邪薬、頭痛薬、おなかの薬とか…。変わった薬もありましたよ? 笑い薬に泣き薬、寝言を言ってしまう薬とか。ただの睡眠薬じゃなくて寝言薬を作ってしまうなんてハンジさんらしいですよね?」
のん気に笑っているマヤの手をさらに強く掴んでリヴァイは訊く。
「それだけか?」
「えっと他にも何か言っていたような…。あっ、惚れ薬なんてのもありました!」
「……惚れ薬か」
「はい。すごいですよね、小説に出てきそうです。あっ」
急にマヤは恥ずかしくなってきた。
……もしかして兵長は、私が惚れ薬を飲むと思ってる?
だから機嫌が悪いのかしら…?
でも…、もしそうなら心外だわ。
「あの、もしかして私がハンジさんの惚れ薬を飲むことを心配してます…?」
「……そんなところだ」
「だったら大丈夫ですよ? 私に薬は効きません」
「……は?」
「だって私はそんなの飲まなくても、兵長のことをちゃんと想ってますから」
「………」
心なしかリヴァイの手の力が、さらに強くなった気がする。
「兵長がそのことで心配してるのなら怒りますよ…? 惚れ薬を飲んだところで私には関係ないですもの。だから全然、ハンジさんの薬のことで兵長が気にかけてくれなくても大丈夫です」
「……そうか」
「そうですよ。大体ハンジさんの薬って他には確か、毛生え薬だったり自白剤でしょう? 毛生え薬は全く必要ないですし、自白剤だって私、隠し事なんかないですもの。他には怒り薬なんてのもありましたけど、私が怒ったところで兵長は怖くもなんともないでしょう?」
マヤは悪戯っぽい笑顔で隣のリヴァイを見上げた。