第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
「あぁ、そうだな… お前には俺がいる。何も怖がることはねぇ」
「はい…」
リヴァイの言葉が嬉しくて頬を染めたマヤだったが、ふと横のリヴァイの顔を見れば眉間に皺を寄せて何かを思い悩んでいるかのような表情をしている。
「……兵長?」
「マヤ、俺は… 地下街にいた」
「ええ、知っています」
リヴァイが地下街のゴロツキで、訓練兵として訓練を受けたのではなくエルヴィンのスカウトで特別に調査兵団に入団したことは、調査兵なら誰もが知っている。なぜなら新兵のときに最初に先輩から聞かされる調査兵団三大よもやま話のうちの一つだからだ。
残りの二つは言うまでもなくミケの妙な嗅ぎ癖と、マッドサイエンティストハンジの狂信的な巨人への執着に他ならない。
「何も見えねぇんだ」
「……えっ?」
「閉塞感だけしかねぇクソみたいな地下街で俺は生まれた。ドブの臭いのする街で、いつも腹を空かせていた。だがそれでもそれなりに幸せだったんだと思う、母親が死ぬまではな」
「………」
静かなる口調で突然生い立ちを語り始めたリヴァイの横顔を、ただ見つめるしかできなかった。
「薄汚ねぇ街で独りになった俺はそのままのたれ死ぬはずだったが、物好きな男がいてな…」
眼前に広がる乳白色の夏の夜の濃霧を睨みながらぽつりぽつりと話していたリヴァイだったが、その “物好きな男” の顔でも思い出したのか、青灰色の瞳に強い感情が走った。
男の顔がよぎれば、リヴァイの意思とは関係なく勝手に声が脳内に響く。
……あぁ? お前は? 生きている方か…。おいおい勘弁してくれよ、名前は?
リヴァイ。ただのリヴァイ…。
「……兵長? 大丈夫ですか?」
リヴァイの様子がただならない。
悲しいとも違う、淋しいとも、辛そうとも。そんな単純な言葉では伝えることのできない深い痛み。
きっと平和なクロルバ区で両親に恵まれて普通に育ったマヤには到底知り得ない、境遇と絶望と… 渇望と。