第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
ギータが下り、ひとり真夜中の尖塔に残ったマヤはもう一度バルコニーを一周した。
……時折こうやって巡回するとして、どこに立てばいいかしら?
下を覗けば先ほどは塔の入り口に近いところにいたミケは場所を移動していた。
……分隊長は南西に向かって立っているわ。じゃあ…。
南東の方角に大きな森林が広がっているのがよく見える。
真反対の北西の方向は、西の屋上を持ち場にしている兵士が見張っている。
「決めた。私はここね」
そう声に出してマヤは、南東の方角を向いて背すじを伸ばして立った。
しばらくは退屈しなかった。
今宵の月はおぼろげだとはいえ、少し離れたところに広がる森を照らすほどには明るかったし、その森を眺めると気分は高揚した。
地上近くでは感じない夜風も、尖塔の見張り台では頬を優しく撫でてきていた。その夜風を常に感じながら、月光を白く反射している森から流れてきている葉の踊る音に耳を傾ける。
森の葉が奏でるさわさわとした音にまじって時折かすかに、うぉぉぉんと狼の遠吠えも聞こえた。
兵舎の近くではフクロウのほーほーという夜鳴きは耳にしても、狼の遠吠えはめずらしい。
そんなちょっとした風の運んでくる音は、はるばる遠くまで来たことを実感させてくれた。
「群れの仲間を呼んでいるのかしら…? それとも」
言葉をのみこむ。
誰も聞いていなくても気恥ずかしい。
……好きだよって叫んでいたり…。
確かふくろうが、ほーほーと鳴いているのは求愛だったはず。だったら狼の遠吠えも求愛かもしれない。
……月に向かって愛を叫ぶなんてロマンチックね。
そんな想いで眺める白い月。森の葉を揺らして渡っていく夜風。ほーほーと鳴くふくろう。遠くで切なく響く狼の遠吠え。
まるでそれらは一枚の絵画を見ているようで心が躍った。