第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
「……兵長?」
壁外調査から帰ってきたら二人で出かけようと言ったきり眉間に皺を寄せて黙っているリヴァイのことが、マヤは心配になってくる。
「どうかされましたか…?」
「……なんでもねぇ」
ハンジの行動を思い出していたら、すぐそばでマヤの声が聞こえてきた。
よほど俺が怖い顔をしていたのか、先ほど離れたマヤの膝が俺の脚にふれる距離まで近づいて。見上げてくる瞳はおぼろげなランプの光で不安そうに揺れている。
「つづきを読んでくれねぇか」
「えっ?」
「それを…」
マヤが大事そうに抱えている詩集。
自分でも、なぜそんなことを言ったのかわからない。
……わからねぇが、このままここに、マヤと一緒にいたかった。
他に誰もいない図書室の奥の小ぢんまりとしたソファにふたり。唯一ふれている互いの脚から伝わる体温が心地良い。
明日の壁外調査を前にして、何も考えずにマヤの体温と、綺麗な顔と、凜とした声に、ずぶずぶにひたっていたい。
「兵長も詩が好きなんですか…?」
「あぁ」
詩のことなんか今までの人生で考えたこともない。
……だがマヤが読んで聞かせてくれるなら、俺にとってそれは好ましいものになるに違いねぇ。
「ふふ、兵長も好きだなんて嬉しいです。じゃあ…、最初から読みますね」
詩集のページをめくり、涼やかな声が響く。
「ふわり、……あなたの想いをはじめるために。空のかなたにさがしにいこう。あなたがどこかに置いてきた想いを。あなたがさがしているように…」
リヴァイはそうっと自身の手をマヤの膝の上に置く。
「想いもあなたをさがしているから…!」
朗読するマヤの声が驚いて高く跳ねたが、リヴァイは手を離す気はない。
マヤも自身の膝に感じるリヴァイの手のひらの温度にドキドキしながら、詩を読みつづける。
それは、まだ淡い関係の二人にとって今できる精一杯の秘め事だった。
ふれている手と膝が溶けてしまいそうに熱くて。耳に入ってくるマヤの声が身体の奥底を揺さぶって。
壁外調査の前夜はまだまだ長い。
読む本は周りにいくらでもある。
リヴァイとマヤのほのかな夜は、静かでいて熱く過ぎていくのであった。