第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
その朝はトロスト区南門へつづく路地を夏の風が吹き抜けていた。いわゆる “爽やかな朝” だ。
ブルブルと待機中の馬の鼻息が、あちらこちらから聞こえてくる。
開門号令まであと少し。
「リヴァイ、昨日はあれからどうだった? マヤと薬なしでもムフフだったかい?」
「………」
「なんてったって今日は壁外調査だからね。子孫繁栄のためにも前夜は盛り上がるよねぇ!」
「……あ? 何を意味不明なことを…」
無視を決めこんだはずのリヴァイが思わず自身の言葉に反応してきて、ハンジはしてやったりとニヤニヤ笑う。
「意味不明でもなんでもない。ヒトは命の危機に直面すれば、自分の遺伝子を残そうと子種がビンビン活動的になって性欲が高まるのは自明の理だよ?」
ハンジの刺激的な言葉にミケが反応した。
「もうすぐ開門だというのに何を騒いでいる、ハンジ」
「あぁミケ、聞いてよ。リヴァイがマヤとのノロケ話を全然してくれないんだ。ミケもケチだしリヴァイもケチだし、ケチだらけの男どもで嫌になるね」
「俺はケチなつもりはない。リヴァイもだ」
「おや? めずらしい。リヴァイをかばうなんて」
「別にかばっているつもりはないが…。もうすぐ開門だぞ。あまり個人的な話をするな、あいつらが困っている」
ミケは聞き耳を立てているリヴァイ班の面々を、くいっとあごで指し示した。
ハンジの声は喧騒にまぎれてそう遠くには届いてはおらず、後ろの方で待機しているマヤには聞こえていないが、リヴァイのすぐ後ろのリヴァイ班には丸聞こえだったのだ。
「いやぁ、別に何も俺たち聞いてませんので…。なぁ?」
エルドが苦笑いをしながらグンタに同意を求めた。
「そうそう、なぁ~んも聞こえません。子種とか性欲とか…」
「おい、馬鹿!」
「あっ…」
しまったと焦っているグンタにハンジは笑いかけた。
「あはは、正直で結構! 君たちはリヴァイ班なんだから、その優秀な遺伝子を残さないとね。頑張れ!」
「「…………」」
エルドとグンタは何ひとつ言えず、その後ろのオルオとペトラも顔を真っ赤にして下を向いている。