第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
ハンジの言葉を聞いていると、だんだんとそんな気になってくる。
元々は、正直に言ってしまえば… ハンジの言葉どおりなのだ。
リヴァイはマヤが欲しい。
あの日、あの夕陽の丘で気持ちは伝えあったとはいえ、心だけではなくいずれ…。
とはいえ、まだ今はそのときではないと思っている。
好きだからこそ大切にしたい… なんて言い古された野暮な言葉だが、リヴァイは生まれて初めて好きな女ができて “そういう関係” になって、実感しているのだ。
……今はただマヤの横にいるだけで、顔を見ているだけで、満たされる想いがある。きっとこれが幸せなんだと。
それをハンジのいかがわしい薬の力を借りて、先を急ぐ必要なんかあるのだろうか?
でもマヤが望んでいるのだとしたら。
……いや、そんなはずはねぇ。
あのマヤが、夕陽に頬を染めて目を伏せていたマヤが、媚薬に手を出そうとするとは考えられねぇ…。
リヴァイの心は決まった。無遠慮におのれの肩を叩きまくっているハンジの腕を掴むと、
「マヤにてめぇの薬は飲ませねぇ! もしマヤに薬を渡したらぶっ殺す」
と、どすの利いた声で脅しをかけながらギリギリと締め上げる。
「イタタタタ! 痛いよ、リヴァイ! わかった、わかったから放してくれ!」
大騒ぎしてリヴァイから離れたハンジは、掴まれて赤くなった腕にふーふーと息をかけている。
「本当に馬鹿力なんだから、君は。腫れ上がったらどうしてくれる、明日は壁外調査なんだよ?」
「うるせぇ、自業自得だ。いいか、絶対にマヤに飲ませるんじゃねぇぞ、絶対にだ」
「わかったわかった」
軽い雰囲気の返事が腹立たしいが、ひとまずはマヤの媚薬の治験は回避した。
リヴァイは中庭のマヤに逢いに行こうとハンジに何も言わずに背を向ける。
リヴァイが執務室に入らずに階段に向かったのを見て、ハンジはぴんと来たらしい。
「マヤなら図書室に行くって言ってたよ!」
「………」
本来ならばマヤの居所を教えてくれたハンジには礼のひとつでも言いたいところだが、マヤを実験体にしようとした罪は重い。