第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
「あっ、はい…。でもそれを飲んだら自分の気持ちに素直になってしまって、兵長に… その…、気持ちを言っちゃったりするんですよね? そんなの恥ずかしい…。ごめんなさい、やっぱり飲めないです…」
後ろ向きな返事に対して、強引に押しまくるハンジ。
「何を言ってるんだ。そうやって気持ちを伝えずにいたら、後悔するのはマヤなんだよ? 飲んだ方がいい、絶対にだ。これはマヤのためだ。そしてリヴァイのためでもある。わかったかい!?」
並々ならぬハンジの勢いに押されて、マヤはこう返事するしかなかった。
「わかりました…」
「よし! ありがとう。じゃあそのときが来たらよろしく! 今日は手伝わなくていいからね。明日に備えてゆっくり休むといい」
「ありがとうございます。図書室で詩集を借りて読みながら寝ようかなって思ってます」
「あぁ、それはいいね。きっとよく眠れる」
ハンジは立ち上がり、軽やかに去っていった。
「さてと…」
跳ねるハンジのポニーテールの髪を見送りながら立ち上がる。
思いがけずザックとハンジに出会わせてくれた中庭をぐるりと見まわしてから、マヤは図書室に向かった。
時計の針は19時をいくばくか過ぎたころ。
食堂は今ごろ大にぎわい。それにひきかえ夜の図書室は相変わらずの無人で、もし今ここで針を一本落としても、はたまた本のページをそっとめくっても、その音は大きく響くに違いない。
前にザックに呼び出されてやってきたときには、大きな窓から射しこむ青白い月の光に誘われて、ランプを灯さずに窓辺に歩み寄ったが、今日は迷うことなく明かりをつけた。
そして窓には行かずに本棚へ。
もちろん目的は詩集。
「はじめてのかぎ針編み…、焼き菓子レシピ…、釣りが上達する本…」
最初の本棚は趣味と実用書。
マヤは目につく本のタイトルを読み上げながら奥に進んで行く。
「つらい腰痛はこうして治す…、めまい耳鳴りは怖くない…」
家庭の医学関係の本棚を過ぎると、童話や物語、そしていよいよ詩集が現れた。
「赤ずきんちゃん…、青春物語…、フリッツ家の栄光…、空が青いから…、テーゲ詩集…、花束を君に…。このあたりだわ」
立ち止まって、さてどの本を今宵のおともにしようかと、マヤはゆっくりと背表紙のタイトルを眺めた。