第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
そして再び周囲をきょろきょろと見渡すと、早口でまくし立てた。
「そ、そういう訳だから退団する前に謝りたかったんだ。マヤも許してくれたし、もうこれで心残りもないよ。あぁ! まだあったよ、言いたいこと。へ、兵長とつきあってるんだよね? みんな驚いてたけど、ぼ、僕はそうでもなかったかな。あの夜のことがあるから…。兵長とマヤが! って騒いでるやつらにあの夜のことを言いたかったけど、兵長に他言しないと誓ったから、ちゃ、ちゃんと黙ってたんだ。と、とにかく兵長と幸せにな、な、なってほしいな」
「……ありがとう」
「じゃ、じゃあ僕もう行くね。兵長がいつ戻ってくるかわからないし。あ、明日の壁外調査、頑張ろう!」
「そうだね、頑張ろうね!」
目の前で花のように笑うマヤの顔を心に焼きつける。
……最後にマヤと話せて良かった。これで村に帰って店を継いで、うまくいかないときがあっても何があっても、マヤの笑顔を思い出して生きていける…!
全身にみなぎる喜びを噛みしめて、ザックは立ち去った。
一方、中庭のベンチに残ったマヤは今知ったばかりのザックの退団のことを考えていた。
……驚いた、退団だなんて。
マヤたち847年に調査兵団に入団した101期生は、まだ二年目。壁外調査で命を落としてしまった同期はいるが、自己都合で退団した者はまだいない。
人類の自由の未来を掴むため、壁外調査に自らの命を懸けて挑みつづける調査兵として志半ばで帰郷することは、きっと無念で口惜しいに違いない。
……でも、お父さんが病気なんだもの… 仕方がないわ。それに家業を継ぐのも大切なこと。
これからはザックが家族を支えていく。
そして私たちは人々の暮らしを守るために、これからも壁外に行く。
明日の壁外調査に向けてあらためて強い気持ちが湧き上がったところへ、また自身の名を呼ぶ声が聞こえた気がしてマヤは軽く眉をひそめた。
その声はかなり遠くから、そして何度も叫び、次第に大きくなってくる。
「マヤ~! マヤ! マヤ~!」
もう振り向かなくてもわかる。
……この声はハンジさんだわ!