第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
「兵長は、い、今どこかな?」
「駐屯兵団に行ってるけど、もうすぐ帰ってくるはずよ…?」
本当はいつ帰ってくるかどうかなんかわからないのだが、なんとなく切羽詰まったザックの様子が怖くて、そう答えた。
「そうなんだ…。じゃ、じゃあ手短に言わないと…」
ごくりと唾を飲みこみ、ますます余裕がなくなるザック。
「マヤ、これだけは言いたかったんだ。ご、ごめん、この前… 図書室で…」
「う、うん…」
マヤもつられて、言葉がつっかえる。
「本当? ゆ、許してくれる?」
「うん…、もういいよ」
「良かった…!」
目に見えて安堵した態度でザックは、全身の力が抜けて今にも倒れそうだ。
「じ、実は僕、今月末で退団するんだ」
「えっ! どうして?」
「父親が倒れたんだ。ぼ、僕んちは小さな店をやってるんだけど、僕が帰らないとやっていけないから…」
「そうだったの…。大変だね…。お父さんは大丈夫なの?」
マヤに同情されて、ザックはどことなく嬉しそうに頬を染める。
「さ、幸い命に別状はないらしいんだ。でも当分店に出られないから、僕が代わりに店に立つんだ。そ、祖父の代からつづく店だから閉める訳にいかなくて」
「そう、お父さんがご無事で良かった。うちもお店をやっているから、気持ちはよくわかるわ」
「し、知ってるよ! 紅茶屋さんだろう? マリウスから聞いたことがあるよ」
「ええ、そうよ。小さなお店だけど、とても大事なの…。ザックのところはなんのお店なの?」
「僕んちは金物屋さ。だ、台所の道具や掃除用具なんかを売ってるんだ」
「掃除用具? 兵長が行きたがりそうね!」
マヤの声は弾んだが、兵長と聞いて、せっかく言葉をつっかえることなく話したザックだったのに、また極度に動揺してしまう。
「へ、へ、兵長? あ、あぁ、そうだね…。兵長は綺麗好きの掃除マニアだからね…」