第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
図書室には流行りの恋愛小説はないけれど、いわゆる名作やおとぎ話、詩集に図鑑などは置いてある。
……詩集なんかいいかもしれない。
美しい言葉が心にストレートに飛びこんでくる詩は、いつも気持ちを豊かにしてくれる。生きる希望だったり、立ち上がる力だったり、思いやる心だったり。
そうだ、詩集がいい。物語だと話のつづきが気になって眠れなくなるかもしれない。その点詩集なら心にパワーをもらって明日の壁外調査への勇気が湧いて、そのままぐっすり眠りにつけそうだ。
マヤがそう考えて図書室に行くべく立ち上がろうとしたとき。
「……マヤ」
遠慮がちに呼ぶ声が背後から聞こえた。
驚いて振り返ろうとするまでもなく、その声の主はマヤの前にやってきた。
「ザック…!」
予想もしなかった人物の出現にマヤの声は高く響いた。
「や、やぁ…。すごく久しぶりだね」
「あっ、うん。そうだね…」
ザックといえば前回の壁外調査の前夜に図書室で抱きすくめてきたところへ、リヴァイ兵長が助けてくれたという出来事があった。
あのときリヴァイは “今後二度と任務以外でマヤに近づくな” と命じて、ザックは厳守すると誓った。
その誓いを守ったからなのか、あるいはもともとミケ班とラドクリフ班とでは接点が少ないからなのか。あれ以来ザックと顔を合わすことはなく、またあまりにも様々なことが起こりすぎたからなのか。今の今まですっかり忘れていた、ザックの存在を。
そんな相手にどういう態度をしてよいのか、とっさに判断できずにマヤは曖昧な笑みを浮かべてしまった。
「……座る?」
「い、いや、座らないよ!」
ザックはきょろきょろと周囲を見渡して、何かに怯えているかのように声を落とす。
「こんなところを… へ、兵長に見つかったら殺されるよ僕…」
「そんな大げさな…」
「お、大げさなんかじゃないよ。マヤは全然わかってない。ぼ、僕はあのとき殺されていても不思議じゃなかった」
「………」
マヤはザックの額に汗が浮かんで、つーっと流れる様子を目にして何も言えなくなってしまった。
ザックの恐怖は本物だ。