第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
夏とはいえ夕方から夜へ近づくにつれ、少しずつそよぐ風がひんやりとしてくる。
もう風呂には入って、夕食を食べ終わって、腹もちょうど良い具合にいっぱいだ。
居心地の良いベンチから中庭の樹々や花を眺めていると、前回の壁外調査の前の日のことが思い浮かんでくる。
……そうだわ、このベンチにエルドさんと座った。
マヤはその気はなかったのだが、エルドが告白されているシーンを立ち聞きしてしまい、その後ならんで座って。
それまでまともに話したことのないエルドと笑い合った。そのことがきっかけでリヴァイ班との飲み会も実現した。
……楽しかったなぁ。
あの日はこのベンチに座ったあとで食堂とお風呂に行ったんだったわ。
ふふ、今日とはまるっきり正反対ね。お風呂もごはんも終わっているし、あとは寝るだけ。
寝るといえば最近は、あまりにも色々ありすぎて寝る前の読書をしていないわ。
“恋と嘘の成れの果て” のアンの挿絵のモデルはペトラだったし。それを描いていたカインはペトラ曰く “パパ野郎” の変態だった。あの事件の影響か、恋嘘の続編の発売延期はまだまだつづきそうだ。
グロブナー伯爵家の舞踏会の騒動のあとはバルネフェルト公爵家の舞踏会。嫡男で次期当主のレイさんにプロポーズされて、悩み抜いた結果、王都に行くと決意をかためて。
そして兵長とあの丘… 夕陽の丘で…。
そこまで想いをめぐらせて、マヤはひとりで顔を赤くしてぶんぶんと横に振る。恥ずかしくてそれ以上は思い出せない。
「とにかく! 本を読んでいる余裕は全然なかったのよ」
ひとりで勝手に思い出しては恥ずかしがって、その照れ隠しのように声に出して言い訳をしてみた。
……ニファさんが読んだあとに貸してくれると言っていたけど、いつになるのかしら?
一気に読むと張り切っていたけど、さすがに壁外調査を寝不足で迎えるのは駄目だし、全部は読まないよね?
そうなら貸してもらえるのは、きっとまだ先のこと。
とりあえずは今からの時間を過ごすのに、久しぶりにゆっくりと活字を追うのもいいかもしれないわ。
……そうと決めたなら図書室に借りに行こうかな?