第13章 さやかな月の夜に
ヒヒヒと笑うハンジの袖を、右側から引っ張る者がいる。
ハンジが振り向くと、マヤが顔を赤くしながらニコニコと笑っていた。
「ハンジさーん」
マヤは空のジョッキグラスを両手で大事そうに抱えて、ハンジを上目遣いで見ている。
「あぁ! ごめんごめん!」
ハンジは葡萄酒をとくとく注いでやりながら、少し真剣な声でマヤ… と呼びかけた。
「はぁい?」
マヤの目は少しとろんとしてきている。
「君は… 好きな人はいるのかい?」
「好きな人… ですかぁ?」
マヤはあふれそうなほどに満たしてもらった葡萄酒をこくこくと飲みながら、小首を傾げた。
「うーん、好きな人ですかぁ?」
「うん そう、好きな人」
ハンジはそう相槌を打ちながら、マヤの奥にいるリヴァイとテーブルの向かいにいるミケの、グラスを持つ腕の筋肉に力が入ったことを見逃さなかった。
「いないのかい? 好きな人」
「うーん、そうですねぇ…」
潤むマヤの瞳は、ジョッキグラスの水面に注がれている。
「ハンジさんが好きですよ?」
「へ?」
思いがけず自分の名前が出て、ハンジは変な声を出す。
「うん! 私、ハンジさんが大好きです!」
上機嫌でハンジが好きと言うマヤに、酒を注いでやる。
「マヤ、そうじゃなくって男でだよ。好きな男!」
「男の人でですかぁ?」
「うん、そうそう!」
マヤはグラスに口をつけながら、黙りこんでしまった。
そのまま眉間に皺を寄せて難しい顔をしているマヤに、ハンジは質問を変えた。
「よしっ、質問を変えよう! マヤ、モブリットは好きかい?」
何とはなしにハンジとマヤの会話を聞いていたモブリットは、盛大に酒を噴いた。
「分隊長! 俺を巻きこまないでください!」
「モブリットさんですか?」
マヤがそう言ったきり黙ってしまったので、すかさずモブリットが叫ぶ。
「ほら! マヤが困ってるじゃないですか! ……マヤ! 分隊長は冗談を言ってるんだ。答えなくていいから」
モブリットの言葉が終わるか終わらないかのうちに、マヤは大声で答えた。
「大好きです!」