第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
「……分隊長?」
マヤの声で我に返る。
「片づけますね…?」
休憩の時間はとうに過ぎていた。
「あぁ、頼む」
食器を片づける細い指先が綺麗だなと、ぼんやりと眺めている。
いつまでもこの時間が終わらずに永遠にマヤを見ていたい、マヤから流れてくる紅茶の香りを抱きしめたいとミケはスンスンと鼻を蠢かして目を閉じた。
時は流れて、リヴァイの執務室。
ミケの計らいでリヴァイの執務の手伝いが復活した。
マヤはミケの執務の補佐が終わると、喜び勇んで隣に位置するリヴァイの執務室にやってきた。
執務室に二人きりになっても、執務の指示以外は何も言わずリヴァイの態度は思いのほか素っ気ない。
もちろん勤務時間外とはいえ執務の手伝いをする以上、甘い気持ちなどは脇に置いておくべきであるとマヤは重々承知している。
けれども先ほどミケの執務室を去るときに琥珀色の瞳を見つめて放った “あとでな” がマヤの心を射抜いたときは、確実にリヴァイにも “甘い気持ち” なるものがあったと信じたい。
……兵長、一体どうしたのかしら?
やはり何かがおかしい。
執務の指示も的確でなんの感情も見えなかったし、そもそも “感情が見えなかった” ところなどはいつもの兵長であるという証みたいなものだ。
それなのにそのいつもどおり、いわゆる通常運転のリヴァイを目の当たりにして、マヤは不安に駆られている。
手元はカリカリと休むことなくペン先を動かしながら意識の方は完全に、かなり苛立っているように見えるリヴァイに向かっていた。
そんな状態で一時間半が過ぎた。
リヴァイが何も言わずにペンを置く。
それが終業の合図だとマヤはぴんと来て、テーブルの上の書類をとんとんとまとめながら声をかけた。
「……今日はこれで終わりですか?」
「そうだな」
リヴァイも手早く机上の書類を分類しながら答える。
その声のまとう雰囲気、音量から息遣いまで。やはりどうしてもいつものリヴァイではないとマヤには思えてならない。
……怒っているのかしら? とても機嫌が悪そうだわ。
ついには我慢できなくなって訊いてしまった。
「あの! 兵長…」
リヴァイの手が止まる。
「私…、何かしちゃってますか…?」