第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
「私とモブリットは切っても切れない昵懇の仲だ。ミケにやるなんて、とんでもない!」
憤ったハンジは眉を吊り上げている。心なしかポニーテールも逆立っているように見えた。
「……それならば、この話はなしだ。いいな?」
「……仕方がない。マヤは喉から手が出るほど欲しいが、モブリットと引き換えじゃ諦めるしかない」
不承不承うなずくハンジを見て、エルヴィンは満足げにしている。そして早速追い返しにかかった。
「さぁ、もう私に用はないだろう?」
「ちぇ! 相変わらずつれないね」
勢いこんで団長室にやってきたハンジだったが、結局はなんの収穫もなく帰る羽目に。
「わかったよ、私だって忙しいんだ」
乱暴に閉められた扉の音を残して、ハンジは来たときと同じように勢いよく出ていった。
「なるほど、モブリットか」
ミケはハンジを黙らせたエルヴィンの策に舌を巻いた。
「相変わらずの策士だな…」
「策と言うほどのものでもない。何かを得れば何かを失う…、ただそれだけのことさ。無論…」
ここでミケの顔を見上げたエルヴィンの瞳の奥は笑っている。
「やり方次第では、失わずに得る場合もある」
「あぁ、そうだろうな。お前の場合は特に」
ミケは心からそう思った。
……エルヴィンなら何も失わずに目的を達成できることも多いだろうし、失うとしても最小限に違いない。
そして最大限の利をモノにする。
そういうやつだ…。
「……とにかく助かった」
部屋を出ていきがてらにミケは、つぶやくように。
「マヤがいないと執務がな…」
今度は扉は静かに閉まった。
「どういたしまして。執務にかこつけて、いつまでそばに置いておけるか見ものだな。だがそれも私のさじ加減ひとつで変わるのだが…」
くっくと一人で笑うエルヴィンの声は、誰にも聞かれることはなく、天井に消えた。