第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
ペトラの極端な比喩に吹き出してしまう。
「何よ、それ! いくらなんでも、ちょっとすぎない?」
「「あはは」」
ひとしきり笑い合ったあとに、マヤはふと疑問に思う。
「ところでアリさんに脳みそってあるのかな?」
「ある訳ないでしょ! あんな小さいんだもん」
「うん…。でも女王アリとか働きアリとか役割分担があって、巣も部屋が幾つもあってすごいし、賢そうだけど」
マヤが言えば、ペトラは顔をしかめた。
「あんなの本能で動いてるだけじゃない? 虫の話なんかやめよ、気持ち悪い」
「もう、ペトラが言い出したんじゃない。……いいよ、ハンジさんにいつか訊いてみるから」
「あぁ、それがいいね。ハンジさんなら知ってるよ、きっと!」
虫の話は終わり終わり! といった感じでペトラは話を打ち切った。
「それよりさ、薔薇の花のポプリの作り方なんだけど。よく考えたらポプリなんか作ったことないんだよね、私。なんとなくはわかるんだけど、この際ちゃんと覚えたいから教えてくれない? マヤは紅茶で作ってるんだから詳しいでしょ?」
「うん、いいよ」
こうしてマヤが、真剣な顔で耳を傾けるペトラに “ポプリの作り方” を伝授する夜が始まった。
同じころ、リヴァイは自室でベッドに寝転がっていた。
天井を睨んでいたが、ゆっくりと顔を横に向ければ視線の先には葡萄水の空き瓶。
あの日手に入れてから、ずっと机の上に飾ってある。
空き瓶の口の部分を眺めるたびに、そこにふれたマヤのやわらかそうな紅いくちびるを想い出していた。
瓶から、天井に伸ばした両手に目をやる。
……遂にこの手でマヤを抱いた。
樫の枝から翔んだマヤの姿が鮮やかに浮かぶ。
風になびく髪はまるで、空を自由に舞う鳶のようだった。
腕の中に飛びこんできたマヤはやわらかくて、いい匂いがした。
リヴァイはようやく通じた想いを胸にしまいこむかのように、伸ばしていた両手を心臓の上で力強く組むと、夕陽の丘で思わずつぶやいたのと同じ言葉をもらす。
「絶対に離さねぇ…」
リヴァイのマヤを想う夜も、始まったばかりだった。