第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
「そうか…」
レイの翡翠色の瞳が淋しく揺れる。
「オレはマヤに恋をしていただけなのかもしれねぇな」
「……え?」
「オレは…、マヤに逢いたくて逢いたくてどうしようもなくなったから王都から出てきた。その想いは誰にも負けねぇ気でいたが…、結局はずっと一緒にいてぇと想うお前らの気持ちには勝てなかった。知ってるか? 王都で流行った芝居のキャッチコピーがあるんだ」
「いえ…」
「確かあれは… “逢いたいと想うのが恋。常に一緒にいたいと想うのは愛” だった。ただ恋焦がれるだけじゃ駄目なんだろうな。何を失おうとも、たとえそれがかけがえのねぇ命でも…。地位も名誉も仲間も金も親兄弟も、たったひとつしかねぇ命ですら…。何もかもを失うかもしれなくても一緒にいてぇと互いに想い合う。そんな二人の強い愛の前ではすべてがかすんじまう。そんな気がする」
「………」
どう答えればいいかわからなくて、マヤは立ち尽くす。
「そんな顔をするなよ。オレが惨めになるじゃねぇか」
「……私、どんな顔をしていましたか?」
「憐憫の情ってやつかな。まるで雨に濡れて震えている子猫を見ているような」
「ごめんなさい。そんなつもりはないのですが…」
「いや、いいんだ。団長を呼んできてくれ。今後を話し合いてぇ」
「……今後?」
プロポーズは断ったはずだ。
今後とは?
マヤの顔に不安がよぎる。
「心配するな。マヤを無理に王都に連れ帰る真似はしねぇよ」
「はい」
エルヴィンを呼びにマヤが団長室を出ていこうとすると。
「マヤ、ひとつ約束してくれねぇか」
「なんでしょう?」
「王都に招待したときは、良き友人として来てほしいんだ」
「……わかりました。任務とあらば、いつでも行きましょう。そしてレイさんの友人としても喜んで」
「ありがとうな。ぜひ二人で来てくれ…、あの仏頂面の兵士長と」
「………!」
マヤは想い人の名は出していない。
驚きでいっぱいの琥珀色の瞳に優しく微笑むレイの翡翠色の瞳は、今までで一番優しい光を灯していた。
「今から思うと、きっとオレは最初からわかっていたのかもしれねぇ。マヤと兵士長がってな」