第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
「あぁ、気分がいいんだ… とても。マヤを失わずにすみ、リヴァイはますます強くなる。そして資金も手に入る」
「いや、ちょっと待て」
ミケは疑わしそうにしている。
「資金は入らんだろう。マヤは結婚しないのだから」
「レイモンド卿は見た目もさることながら、漢気のある伊達男だよ」
「ほぅ…。だからマヤにふられたとしても条件どおりに資金を出すと? そんな甘くはなかろうが」
「さすがに条件どおりとは言わない。だが、ある程度は差し出してくれるとみている」
「……捕らぬ狸の皮算用にならなければいいがな」
そうつぶやいたミケを、エルヴィンは意味ありげな目をして見つめていた。
そして。
「リヴァイだけではないさ、ミケ、お前にとってもマヤが王都に行かなくて良かったな」
「俺がか?」
「あぁ。特別に可愛がってるじゃないか」
ミケは自嘲気味に小さく鼻を鳴らすと。
「前にも言っただろう。俺はマヤの幸せを願っている、それだけだ。そしてマヤの笑顔はリヴァイに向けられている。それでいいんだ…」
「そうか」
「そうだ。そしてついにリヴァイとマヤが想いを遂げた」
エルヴィンに背を向けて出ていくミケは、一度だけ振り返った。
「またマヤと執務や訓練ができる。それだけで俺は何も言うことはない」
「……そうだったな」
エルヴィンの声がミケに届く前に扉は静かに閉まった。
皆が出ていき、急に団長室が何倍も広くなったように感じられる。
そんな感覚を振り払うようにエルヴィンは大きく肩をまわして首を左右に振り、
「明日でレイモンド卿がここに来るのも最後か…」
と感慨深そうにつぶやきながら、机上にぽつんと一通残っている手紙を引き出しに片づけた。
いつの間にか窓の外は薄暮から宵へ移ろい、青白い月が少しずつその姿を現して夜空に輝きを放っていた。