第27章 翔ぶ
マヤは幹の文字へと、右手を伸ばそうとする。
それを察したリヴァイは、マヤを腕から解放した。
するりとリヴァイから樫の木の幹へ一歩近づき、マヤは刻まれた自分の名前に手を当てる。
「……マリウス。もう大丈夫だから」
リヴァイがすっと隣に立つ。そして幹にふれているマヤの右手の上から自分の手を重ねた。
「マヤは俺が守ると約束しよう」
するとリヴァイとマヤの二人の想いが、樫の木を通じて天のマリウスに届いたのだろうか。
マリウスの声が二人同時に聞こえた気がしたのだ。
……マヤ ……兵長 ……幸せになってほしい…。
重ねた手はそのままに見つめ合い、どちらからともなくうなずいた。
折しも夕陽はヘルネの遠く彼方にそびえる壁に完全に落ちようとしている。
「見ろ、もう日が落ちる」
「ええ、とても綺麗…」
二人は樫の木を背にして、もうすぐ訪れる夏の残照を眺めた。
「うまく言えないかもしれねぇが…」
リヴァイがゆっくりと口をひらいた。
「この丘に来て、この夕暮れの景色を見たときに、マヤと一緒に見たいと願った。それが俺の…、マヤへの気持ちのすべてじゃねぇかと思う」
「兵長、私もです! 私も、この美しい景色を、兵長と一緒に見たいと想って泣きました」
「そうか。本当に…、“おあいこ” なんだな」
「そうですね」
「この丘では、いつも夕焼けを見ている気がする」
ぽつりとリヴァイがつぶやけば。
「そう言われたらそうですよね…」
そう同意したマヤだったが、急にあっと顔を輝かせた。
「そうだ、丘に名前をつけましょうよ!」
「……名前?」
「はい。さっきから “この丘” 連呼ですけど、私と兵長が出逢った大切な場所ですもの、二人だけの特別な名前が欲しいなぁって」
「……なるほど、悪くねぇな」
リヴァイは丘の名称うんぬんよりも “マヤと二人だけの特別な” という部分を気に入った。
「で、なんて名にするんだ?」
「……そうですね…。“夕陽の丘” なんてどうですか?」
「……そのままだな…」
「ですね。でもここは “夕陽の丘” だから」
「それもそうだな。よし、今から俺とお前で “夕陽の丘” と呼ぼうじゃねぇか」