第27章 翔ぶ
好きな女の声を妄想するなんてと自虐的な気分でいると、再び聞こえてくるすすり泣き。
……空耳なんかじゃねぇ!
ハッと反射的に木の上を見る。
「マヤ!」
走りまわって捜していたマヤが、あろうことか頭上の樫の木の枝に座って泣いている。
思わずその名を呼んだというのに、こちらを見もしない。
やはり夢かまぼろしか。
マヤを渇望する俺の心が見せた幻想なのかもしれねぇ。
……いや、そんな馬鹿なことがあるか。
どう見てもそこに…、木の上にマヤがいる。
鳶色の長い髪、見慣れた兵服。
顔こそ見えねぇが、間違いなくマヤだ。
もう一度その愛おしい名を呼ぼう。
まぼろしでなければきっと、琥珀色の瞳が俺を迎えてくれる。
「おい、マヤ」
呼びかけに応じて、こちらを向いたマヤの顔。俺と目が合い、その琥珀色の大きな目が驚きで、さらに大きく見開かれている。
「……兵長…?」
……あぁ、いた。マヤだ、ここにいた…。
このまま見つからずにレイモンド卿と王都へ行ってしまうのではないかという焦りと、やっと見つけたという安堵の気持ちがこの瞬間に混じり合って、まばたきすることもできずにマヤを見上げていた。
「……どうしてここに…?」
その視線が俺をとらえて、その声が俺の耳に流れてくるだけで奇跡だ。
もう二度と、今日感じた “マヤを失うかもしれねぇ” なんてことを思わねぇように。
「……兵長、あの…?」
からんだ視線に囚われて、身動きできずにただマヤを見つめているだけの俺は、ようやく声を出すことができた。
「マヤこそ… どうしてここにいる?」
質問に質問で返すなんぞ、グズ野郎のやることじゃねぇか。
だが俺は知りたかった。
マヤがどうしてここにいるかを。なぜ木に登って泣いていたかを。
「どうしてって…」
マヤは答えに詰まってしまった。
そもそも同じ質問を自分が先にしたことなど完全に忘れてしまっている。
というより… あれは質問ではなく、思いがけず目の前に現れた恋しい人を想うがゆえにもれた独り言だったのかもしれない。