第27章 翔ぶ
もしこんなことになっていなければ。
レイに求婚なんかされずに時は流れて、いつの日かリヴァイとここで、この景色を眺めていたならば。
……きっと幸せすぎて泣いちゃったかも。
夕空は瞬く間にその色を変化させていく。夏らしい澄んだ水色をしていた空は、刻々と橙色や桃色に染まりながら気づけば茜色に焼かれて。
遠くにそびえている壁を赤く染め上げた夕焼けは、もちろんヘルネの街並みも一様に美しく照らしている。その夕映えは、空や大地といった自然も、壁や街並みといった人工のものも等しく茜色に塗りかえていた。
「……綺麗…」
美しい景色に心が震えて、目が離せない。綺麗だと思い、自然とその気持ちが声に出てしまったマヤの瞳から、つうっと涙がひとすじこぼれ落ちた。
……どうして涙が出てくるの?
兵長と一緒にこの綺麗な風景を見ていたら、幸せではちきれて泣く気がするけれど、今はどうして?
一緒に見たかったから? 一緒に見られなかったから? 兵長にも見せてあげたい?
どういう想いで涙があふれているのか、自分でもわからない。
ただ目の前の夕焼け空と照らされた大地と街と…、壁さえも美しくて。
この景色を、どうしても一緒に見たかった人がいて。
もうその人とは決して一緒に美しいものを眺めて、共感して、見つめ合って、想い合うこともないのだと。
そうしたら涙が止まらなくなったのだ。
「……ごめんなさい、弱くて。今だけ泣かせて。思いきり泣いたら、今度こそ笑って顔を上げて、本当の本当に… レイさんと… 結婚する… から…!」
最初はたった一粒こぼれ落ちた涙だったのに、リヴァイを想えば感情がたかぶって。ぽろぽろと頬を伝う涙をマヤはもう、ぬぐおうとはしなかった。
……兵長…、リヴァイ兵長…!
あとからあとから恋しいと、愛おしいと、逢いたいと涙があふれてくる。
時に人は、言葉を失う。
マヤは何も言えずに涙を流しつづけた。
それはリヴァイを想う心と記憶に捧げる、マヤの恋心のすべて。
どれくらい泣いていただろうか。
夕陽はもう真っ赤に燃えて、壁に落ちようとしている。
丘の最後の夕暮れをしっかりと心に焼きつけておこうと、マヤが涙でぐちゃぐちゃになった顔を右手でぬぐったときに空耳が聞こえた。
「マヤ!」