第27章 翔ぶ
マヤはまた泣きそうになった。
レイのプロポーズを受けることは、きちんと考えて決めたこと。その決断に後悔しているつもりはないし、つい先ほどすっきりとした気持ちで、すべての想い出を抱えて王都に行こうと顔を上げたばかりだ。
だが果たされなかった約束となれば…、どうやら別らしい。
理屈では正しいと思って選んだことなのに、たったひとつの約束が心残りで、胸が締めつけられる。
マヤはきゅうっと痛む胸を、思わず鷲掴むようにして立ちすくんだ。
……ここに来るのは今日が最後。私ひとりであのときの約束を果たそう。
そうしないときっと、この先ずっと悔みつづける気がした。
「登ろう」
樫の木を見上げて大きくうなずくと、幹に手をかけた。
訓練兵になったときから高い木には必ず立体機動装置を使っていたので、こうして自身の手足を使って木登りをするのは妙な感じだ。
登れるかどうか多少の不安はあったが、日ごろの訓練で筋肉が鍛えられているのか、なんの苦もなくスルスルと登って、体を休めることのできるほどの大きさの枝にたどりついた。
地面まで10メートル以上はあるだろうか。もっと高いところに枝はいくつもあるが、ここにしよう。
「兵長が落ちてきたのはもっと高い枝だったと思うけど」
ふふと笑いながら、マヤは枝に腰をかけた。
リヴァイが樫の枝から落ちて…、いや本人曰く飛び下りてきた日のことを思い出す。
兵長が思いがけず落ちてきて、樫の木の下で一緒に過ごしたこと。一本の葡萄水を二人で飲んだこと。勇気を出して執務の手伝いを申し出たこと。そのときにワンピースを着ていたから木登りはできないと言えば、ズボンをはいてこい、一緒に登ろうと言われたこと。
……なのに次に一緒に来たときにはスカートだったから、また登れなかったんだ。
そうやって回想しながら枝に身を預けた。丘から見下ろした景色よりもさらに高いところからの眺めは、すでに茜色になりつつある空と、眼下に広がるヘルネの街とが混然となって、一つの “夕暮れの情景” になっていた。
美しいのひとことで片づけるにはもったいない。
だがマヤにはその言葉しか浮かばなかった。
「……あぁ、こんなにも美しいなんて…。兵長と一緒に見たかったな…」
樫の木の高い枝の上でこぼすため息さえも、茜色に染まっていく。