第27章 翔ぶ
マヤは鳶を右腕に乗せたまま、ヘルネの街を見下ろした。
「……そうよ、調査兵団が思う存分に調査して、戦って、拓いていく…、自由のために。それが正しいこと、きっと… ううん必ず人類の自由につながる真理の道…」
眼下に広がる、生きていく人々の営み。この丘と似た故郷クロルバの丘で初めて “自由” について考えた幼かった自分とあの日。いつか自由を教えてくれたあの調査兵と同じ兵団に入るんだと。
そして今、幼かった自分が想像していた形ではないけれども、貴族との結婚という形で調査兵としての使命を全うしようとしている。
「ありがとう」
同じくヘルネの街を見下ろしていた右腕の鳶に微笑む。
「人類の自由へ生命をつなげていくにはどうすればいいのか…。何も迷う必要なんかなかったのよ。すっきりしたわ」
鳶はじっとマヤを観察するかのように見つめている。
丘に姿を現したときにはどこか頼りなげで、伸ばしてきた右腕はかすかに震えていたのに、今はその琥珀色の瞳に信念の光が力強く輝いている。
……もう大丈夫だね!
賢い鳶は、まるでそう伝えるかのように鋭くひと声鳴く。
「ピィゥーピー!」
そして見事な羽をばさっと広げると、マヤの右腕から羽ばたいた。
ぐんぐんと上空へと舞い上がると、いつの間にか夕陽となって空から落ちようとしている太陽を追いかけるように飛び去っていく。
「ありがとう…」
もう一度鳶に礼を言うと、マヤは樫の木を振り返った。
初めてこの丘に来たときからいつも、大きく枝を広げて迎え入れてくれた立派な樫の木。その様子は故郷の丘を彷彿とさせて。すぐにこの丘を好きになった。
そして気が向けば足を運び、風を感じて、空に羽ばたく鳶に憧れて。
幼馴染みのマリウスは名を幹に刻み、恋焦がれたリヴァイ兵長とは一生の想い出となる時間をここで過ごした。
「……すべてを抱えて、王都に行こう」
マヤは決意を新たに樫の木を見上げ、そしてあることを思い出した。
「そうだ、私…、今日は兵服だった」
突然浮かんでくるリヴァイの眉間の皺に、不機嫌な声。
“マヤ、なぜズボンをはいてこねぇ。一緒に登るって言っただろうが”
「……兵長と約束したのに…」
はいているズボンを見下ろしながらつぶやいた声は、掠れていた。