第2章 芽生える
ミケの執務室に入ると、ヤツは女兵士の匂いを嗅いでいた。
俺の入室に気づいて体を離したが、間違いねぇ。
上気した頬で俺の方を見たその女兵士は、やはりマヤだった。
……胸糞悪ぃ。何してやがるんだ。
俺がミケにサインをさせ、とっとと出ていこうとしたら彼女を執務の補佐にすると抜かしやがった。
俺になんの関係がある、そんな報告はエルヴィンにしやがれと返しかけたそのとき、マヤが俺に名乗って頭を下げた。
「マヤ・ウィンディッシュです。よろしくお願いします」
その涼やかな声に、心臓がドクンと打つ音が聞こえた。
名乗らなくても知っていると伝えたかったが、彼女とは挨拶以外に言葉を交わしたことがないと思い至り言いかけた言葉をのみこんだ。
……なぜあのとき俺は何かひとことでいい、彼女に声をかけなかったのだろう。
マヤに声をかける代わりにミケに毒を吐き、部屋を出た。
リヴァイはゆっくりと、閉じていたまぶたをひらく。
あの夕陽の落ちる丘でマヤの涙を見てしまってから俺はどうかしている。
きっとあれだ、そんなつもりはなかったが盗み見する形になってしまったことが後ろめたいんだ。
……そうに違いねぇ。
自分の制御できない気持ちや行動の理由を “後ろめたさ” と結論づけたリヴァイは、はぁっとため息をついた。
時間が経ちさえすれば後ろめたい気持ちも薄れ、またマヤのことは特に何も意識することもない女兵士のうちの一人になるに違いない。
リヴァイは首をぐるっとまわし気持ちを切り替えると、書類の山を片づけるべく執務机に姿勢を正して向かった。
まずはこの忌々しい立体機動装置の使用許可申請書だ。
集中して一枚また一枚と目を通していく。
すっかり調子を取り戻したリヴァイだったが、ある一枚の書類を前にして手が止まってしまった。
それはオルオ・ボザドの提出した使用許可申請書だった。
使用日は明朝、使用目的は自主訓練、使用者は申請者およびマヤ・ウィンディッシュ。
リヴァイはその書類のマヤ・ウィンディッシュの文字から、どうしても目を離すことができなかった。
「明日の朝か…」
やっと書類の呪縛から逃れたリヴァイは、壁の時計を睨みつけながらつぶやいた。