第27章 翔ぶ
幹にそっと右手でふれる。
そこにはマリウスがあの日刻んだ名前。
“マヤ”
刻まれた自身の名前の幹にふれて目をつぶれば、マリウスの声が聞こえる気がする。
“……オレが、何よりも欲しいもの”
“またこの場所に一緒に来てくれないか? 聞いてほしいことがあるんだ”
その言葉の意味は、マリウスが散ってからのちに知ることとなる。
「まさか私を想っていてくれていたなんて…」
“お前を一生守ってくれる… オレより強いやつと幸せになれよ…”
「マリウスより強いかどうかわからないけど…。私、決めたの。レイさんと結婚する…」
マヤの言葉が途切れてしまう。
前に丘に来たときには、リヴァイ兵長が好きなの… この先どうなるかなんてわからないけれども、でも好きなの…、そうマリウスにも胸を張って言える想いであふれていたのに、今はレイのことが好きだと言いきれる気持ちにはまだなれない。
「……これが一番いいと思うから。ね? そうでしょう?」
もちろんマリウスが返事をするはずがない。
だがマヤは幹に刻まれた名前を通じて、訊かずにはいられなかった。本当にこの決断でいいのか…。遠い空の上から見守ってくれているマリウスの魂でも、誰でもいい、“それでいいんだよ” と背中を押してほしかった。
「ねぇ、答えてよ…」
マヤが消え入りそうな声でそうつぶやいたとき。
「ピー ヒョロロロロ…」
ハッと振り仰ぐ。
この丘に来ればいつもマヤを歓迎するかのように空高く羽ばたく鳶(とび)の姿。
「あぁ…」
泣き出しそうだった気持ちをこらえて、笑顔を作る。
「……元気?」
「ピィゥーピー!」
「ふふ」
あたかも返事をしているかのように鳴き声を発した鳶は、大きく弧を描きながら近づいてくる。
「今日こそは…、どうぞ」
鳶の止まり木になるべく、右手を高く伸ばす。
「ピー ヒョロロロロ…」
……来る!
鳶がどんどん迫ってきて視界いっぱいになったかと思うと、ばさっと大きな羽音と風が吹いて。
そしてマヤの右腕には、ついに鳶が舞い下りた。
「ピィゥーピー!」