第13章 さやかな月の夜に
……はぁ…。
リヴァイのため息が、虚しく部屋に消えていく。
執務机に向かって精力的に書類の山を片づけるはずが、先ほどから全くもって進まない。
原因はわかっている。
久しぶりに間近で目にした深い琥珀色の大きな瞳。
あの月夜以来、彼女を避けた。それが一番良い方法だと…、信じたからだ。
俺はどうかしていた。
胸を占める一人の女への想いに囚われて、自分を見失うところだった。
きっと毎日一緒に女とお茶を飲むなど慣れぬことをしたから、勘違いしただけだ。
お茶を一緒に飲まなければ…、あの顔を見なければ…、声を聞かなければ…、会わなければ…。
そうすれば元の自分に戻ることができるはずだ。
女なんて抱きたいときに抱くだけの… 自分に。
避け始めて数日間は、すこぶる具合が良かった。
やはり彼女に会わなければ、このまま仕事に忙殺され日々が過ぎていくことだろう。
ところが昨日…。
すれ違う廊下で俺の心を掴む涼やかな声。
「おはようございます」
………!
何ということはないただの挨拶なのに、何故こんなにも俺の心をかき乱す。
たったひとことで数日間の俺の努力を無駄にしようとするその声を、俺は憎んだ。
であるからして今朝は、彼女が… マヤがその姿を現したとき、すぐさまきびすを返した。
午後になり執務中に、ミケに緊急で渡す書類をハンジの野郎がまわしてきやがった。
……チッ…。
今ミケの執務室にはマヤがいる。彼女に会う訳にはいかない。
だから俺はマヤが給湯室に行くときを見計らって、ミケの執務室に顔を出した。
案の定マヤはいない。
さっさと書類を押しつけて帰ろうとしたら、ミケがなんだかんだとくだらない話をしやがる。
なんとか振りきり部屋を出たところで俺は琥珀色の瞳に捕まった。
「……お茶を… 飲んでいかれませんか…?」
……俺に… かまうな…!
一体いつから俺は、こんな情けないやつに成り下がっちまったんだ。
執務室に戻ってからも何も手につかないでいる。
たった一目、一週間ぶりに絡んだ視線。
あの一瞬だけで何がどうなってもいい感覚に襲われる。
……はぁ…。
リヴァイは天井を見上げて、再びため息をついた。
そしてなんとか自分を取り戻そうと、無理やりに机の上の書類を手に取り執務に戻った。