第12章 心づく
「……どう? 落ち着いた?」
「……うん…」
ペトラが両手で持つカップからは、マヤが淹れたオレンジの香りのする紅茶の湯気が優しく上がっていた。
その香りを嗅ぎながら、ペトラはふぅっと息を吐く。
「いい香りだね…」
「オレンジの皮を乾燥して刻んであるのよ」
「そう…」
しばらくその芳香に目を閉じていたペトラだが、ゆっくりとまぶたをひらくと心配そうに覗きこんでいるマヤに向かってニッと笑った。
「もう大丈夫」
「そう… 良かった…」
「ただ…」
ペトラは両手に持ったカップに揺れる水面を見つめる。
「明日から… どんな顔して訓練すればいいかな」
「そうだね…」
マヤは頬に左手を当て、少し考えた。
「ペトラが聞いていたこと、兵長もエルドさんも気づいてないんでしょ?」
「うん」
「じゃあ… 今までどおりにするのがいいと思う」
「そうだよね…」
ペトラはうなずきながらカップをテーブルに置いた。
「それしか… ないよね。普通にできるかな?」
「大丈夫、ペトラなら自然に笑えるって」
「うん」
「あっ そうだ。オルオのね、顔を見ていたらいいよ」
「はい?」
マヤの突拍子もない提案に、ペトラは声を尖らせた。
「ほら、きっとオルオを見てたら笑ってられると思うから」
「マヤ、何を言ってんの。あいつ見てたら笑うどころか、こーんな顔になるわ!」
ペトラは両人さし指を頭の上に角のように立ててみせた。
「ふふ、ペトラったら!」
「あははは」
ペトラはひとしきり笑ったあと、うーんと大きく伸びをした。
「なんだか… オルオの老け顔を思い出したら、何もかも馬鹿馬鹿しくなってきたわ」
「あはっ、オルオ様様じゃない」
マヤが笑うと、ペトラも屈託なく笑い返した。
「まぁね、メソメソしても仕方ないもん。今回ばかりは老け顔に感謝だね」
ペトラはすっくと立ち上がった。
「もう寝るわ」
「うん、おやすみ」
ペトラは扉を開けながら振り返った。
「……ありがとう」
「うん」
ペトラは微笑むマヤに笑顔を返しながら、扉をパタンと閉めた。
窓からさしこむ月の光が、廊下を煌々と照らしていた。
ペトラは満月を見上げて自分を励ますように大きくうなずくと、自室に帰っていった。