第12章 心づく
白く輝く天満月(あまみつつき)の夜道を、リヴァイ班は黙って兵舎に向かって帰っていた。
先頭にリヴァイ兵長。つづくは酔いつぶれて眠ってしまったペトラを背負ったエルドに、同じくオルオを担いだグンタ。
聞こえてくるのは、どこか遠くからホーホーと鳴く鳥の声。
そして時折、オルオがムニャムニャ言ってはよだれを垂らす。
エルドは先ほどから前を行く華奢な背中を見ながら歩いていたが、ついに我慢ができなくなって歩を速め、隣にならんだ。
「……兵長」
エルドに視線を投げたリヴァイの瞳は、月明かりに鈍く光った。
「兵長、俺… さっき聞いてしまいました」
「………」
リヴァイは反応しなかった。すでにその瞳はまっすぐに前の夜道に向けられており、その色は見て取れない。
「女なんて抱きたいときに抱ければいいって…」
エルドは、そこで言葉を切る。
しばらく夜道を行く足音だけがザクザクと響いた。
「それがどうした」
やっとエルドの耳に届いた低い声に、すかさず返す。
「本当にそんな風に思ってるんですか?」
「……あぁ そうだ」
「兵長を慕っている女は大勢います。こいつだって…」
エルドは背中のペトラの方に、一瞬顔を向けた。
「いいか」
リヴァイが足を止めた。
「お前らは全員が信頼する部下のひとりだ。それ以上でもそれ以下でもないし、男も女も関係ない」
冷ややかに答えると、再び歩き出す。
「本当に?」
「くどい」
……そうだ。兵団の女は皆、命を懸けて戦う仲間だ。信頼し背中を預け、ともに巨人を撲滅する未来を見ているが、そこに特別な感情などない。
特別な関係など必要ない。
男であるが故に生理的な欲があるのは否めないが、それこそその時々に適当に処理するだけの話だ。
そう頭の中で己の考えを整理するリヴァイの心に、どんどん大きくなる幻影。
風になびく美しい髪がまるで今そこに… 手を伸ばせば掴めそうに揺れている。
思わず手を伸ばしそうになる衝動を抑え、リヴァイはのろのろと言葉を発した。
「くだらねぇこと考えるな」
「はい、申し訳ありませんでした」
エルドは深々と頭を下げると、そのまま歩みを緩めリヴァイの後ろについた。
ホーホーと鳥が遠くで鳴く夜道を、リヴァイは心を占めるひとりの女の姿を消そうと顔をしかめながら歩きつづけた。