第27章 翔ぶ
最初のショックから立ち直ると、強い酒が欲しくなった。
バルネフェルト公爵が勝負だとかなんとか騒いでいるが、そんなことはどうでもいい。
ただアルコール度数の強い酒を流しこめば…。
それは喉を焼きながら胃に落ちて、全身にしみわたるころにはきっと…。
絶え間なく脳内で響くマヤの残酷なセリフに傷つけられている胸の痛みを、忘却の彼方に流してくれるのではないかと…。
そんな淡い期待を抱いて杯を重ねても、一向に状況は変わらなかった。
マヤの声は忘却の彼方に押し流されるどころか、ますます鮮明に現実味を帯びて、まるで今となりに座って耳元でささやいているかのように、幾度も幾度も響いている。
“兵長は上司ですから。それ以上でも以下でもありません”
……そうなのか、マヤ。
お前が言う “上司と部下” 以上の何かが確実にあると思っていたのは、俺だけだったのか…。
壁外調査で命を救ってから、心の距離が誰よりも接近していたと思っていたのは…、俺の勘違いだったのか…。
ずっと自問自答している。
その途中で、意識の境界の向こう側で、バルネフェルト公爵が降参だと叫び、酒の場がおひらきになり、ナイルやオルオが俺の健闘をたたえていた気がするが。
健闘も何も、はなから勝負なんか関係ねぇんだ。
俺は強い酒でおのれの弱い心を焼き尽くして、流しこんで、忘れたかっただけの…。
……あぁ、クソがっ!
情けなくて吐き気がする。
気づけば陰鬱な真夜中の風に追われてナイルは帰っていき、俺は客室に案内された。
居る場所がバルコニー貴賓席であろうが、客室であろうが些末なことだ。
……どこにいようが今俺を苦しめているマヤの言葉が消えることはねぇ。
豪華な客室に備えつけられているシャワールームで、何分も熱い湯を浴びつづけた。
「……マヤ! マヤ!」
酔っていないとはいえ、リヴァイの筋骨たくましい胸板は多量に浴びせられた強い酒の影響で火照っていた。そこへ追い討ちをかけるがごとく滝のように強くかかる熱い湯も、リヴァイのマヤへの苦しげな叫びを消すことはできなかった。