第27章 翔ぶ
「……兵長、来ないなぁ…」
何度目のため息だろう。
マヤは帰りの連絡船のカフェの席で、ふうっと肩を落としている。
昨夜… というか正確には今日であるが、おしゃべりに夢中になったペトラとマヤが眠りについたのは東の空が白み始めたころ。
兵舎の朝とは違って少々ゆったりと起床したとはいえ、十分な睡眠時間は取れておらず。
ぼうっとした頭で運ばれてきたルームサービスの朝食をいただく。
ごちそうさまをしたあとは手持ちぶさたで、隣のペトラを誘ってあてもなく屋敷を歩いてみた。
舞踏会の翌日というものは、宴の残した夢の香りが幻のように漂っていて。喧騒に包まれていた屋敷は閑散として、どこか寂寥たる荒野にひとり取り残されたような錯覚におちいる。
使用人たちは忙しそうに働いていたが、すぐに若い執事が飛んできた。
散歩だと知れば、どうぞごゆるりと… お気に召すままと。
そうして二人はリヴァイ兵長にもオルオにも、レイにも顔を合わせることはなく白い薔薇園を心ゆくまで楽しんだ。
連絡船の出港の時間が近づいてきて、用意された白馬の馬車にリヴァイ兵長とオルオとともに乗りこもうとしたとき。
その帰る間際になってやっと姿を現したレイに、マヤは呼び止められた。
「ちょっといいか、マヤ」
馬車から少し離れて誰からも聞かれはしない場所でレイはささやいた。
「オレは諦めてねぇからな」
「………」
連絡船のカフェのテーブルに頬をつきながらマヤは思い返す。
……レイさん、あんなことを言うけれど。
諦めるも何も、もう会うこともないわ。
記憶の中のレイは、黙っているマヤの肩を軽く叩く。
「またな… 近いうちに必ず」
「近いうちになんて無理よ」
気づけば声に出てしまっている。
恥ずかしさからきょろきょろと周囲を見渡したが、カフェでお茶を飲んでいる客たちは誰もマヤに注意を払っていなかった。
……いくら団長が資金集めをしたくても、さすがにもう、すぐには王都行きを認めないはず。
だから近いうちにまた招待してきたとしても、もう会うことはないと思う。
「……それにしても」
再びカフェを見渡して。
「兵長、もうここには来ないのかしら…」
マヤは恐らく五回目の、深いため息をついた。