第27章 翔ぶ
「グロブナー伯爵の屋敷で私を助けに駆けつけてくれたとき、靴を脱ぎ捨てたでしょ?」
「うん…」
マヤは思い出して、少し頬を染めた。大切なペトラのためにあのときはなりふり構わず裸足で貴族の屋敷を走ったが、冷静になっている今となっては恥ずかしい。
「その姿を見て、レイさんはマヤに惚れたんだって」
「……そうなの?」
ペトラが嘘を言うとは思ってはいないが、にわかには信じがたい。
その気持ちがマヤの声に含まれているのを、ペトラは敏感に感じ取った。
「ほんとだって! レイさん本人から聞いたんだから間違いないよ。でね… こうも言ってたよ、失敗したくないって」
「失敗?」
「うん。マヤをデートに誘うとか、そういうアプローチを失敗したくないって意味だと思う。それを聞いて私 “あぁ、レイさんはマヤのこと本気なんだ” と思ったの」
「……本気…」
……プロポーズしてきたんだもの。
本気だよね、レイさん…。
月光を浴びて光る白銀のサラサラとした前髪。長いまつ毛に縁取られた翡翠色の瞳が浮かんでくる。
「さぁ、そろそろ教えてよね。好きだと言われたの? デートに誘われたの?」
ペトラの目がキラキラと輝いている。
……いきなり結婚してくれって言われたなんて、ちょっと言いにくいけど…。
「えっとね…」
「うんうん」
「結婚してくれって…」
「えっ、結婚!?」
ペトラの目がまん丸になっている。
「うん、結婚」
「そうか、結婚かぁ…。本気だとは思ってたけど、いきなり結婚なんだ」
しみじみとつぶやくペトラ。
「それで、なんて答えたの?」
「……断ったよ、もちろん」
「“もちろん” か…」
「うん…。最初ね、レイさんはこう言ったんだ… “調査兵をやめて、オレと結婚してくれ” って」
「……調査兵をやめて、か…。なんか具体的だね」
「うん」
マヤは薔薇テラスでレイに求婚されたときの言葉や彼の瞳の色を思い浮かべながら、少しずつ話し始めた。