第12章 心づく
ヘングストはそんな個性豊かな馬たちの特徴をすべて把握し、それぞれに合った寝わらを敷いてやるのだ。
ヘングストの敷いた最高の寝わらの馬房で嬉しそうに立っているアルテミスに、マヤは飼い葉と水を桶に入れて運んできた。
ブヒブヒと鼻を鳴らしながら桶に鼻を突っこんで、ムシャムシャと美味しそうに食べるアルテミス。
その様子にマヤは目を細める。
「もう…! アルテミスったら食いしん坊なんだから」
「よく食べてよく走りよく眠る… アルテミスは、その手本みたいな馬じゃの」
ヘングストはそう言ってしばらくアルテミスを眺めていたが、彼女が食べ終わるや否や言葉をかけた。
「アルテミス、遠出はどうじゃった?」
ヒヒン、ヒン! ブルッブルッ、ブブブ!
「おぅおぅ、そうかいそうかい」
「ヘングストさん、アルテミスはなんて言ってます?」
「ヘラクレスに口説かれたそうじゃ」
「えぇ!?」
ヘングストの思いがけない言葉に驚いたマヤは、慌ててアルテミスの鼻面に顔を寄せる。
「アルテミス、本当なの?」
ブルルルルッ、ブルルルルッ!
アルテミスは激しく首を振った。
「……本当みたい…」
「そうじゃろ?」
愉快そうにヘングストは笑う。
「アルテミスが口説かれたとなると、お前も分隊長に言い寄られたかな?」
「はい?」
とんでもないことを言い出すヘングストに、マヤは少し大きな声が出る。
「ふぉっふぉっふぉ! 冗談じゃよ」
「……もう! 変な冗談言わないでくださいよ」
マヤは頬をふくらませた。
「すまんすまん」
「ふふ」
二人が笑い合っていると、アルテミスがもぞもぞと足踏みし出した。
そして器用に足を折りたたみ座った。ヘングストの敷いた少し小高くなっている寝わらを前足に抱えこんだかと思うと、目を閉じた。
「おねむなのね。今日はいっぱい走ってくれてありがとう。おやすみ、アルテミス」
マヤはそう声をかけると、厩舎の出口へ足を向けた。
その背中を見ながら、ヘングストは心の中でつぶやいた。
……冗談ではないんじゃがな…。