第12章 心づく
調査兵団の兵舎に帰ってきたマヤは蹄洗場で馬装を解き、アルテミスの手入れを終えた。
厩舎の入り口で、ヘングスト爺さんに出くわした。
「お帰り」
「ただいま戻りました」
マヤはアルテミスをひき、馬房に向かう。
ヘングストは後ろを歩きながら、マヤに話しかけた。
「今日はミケ分隊長と出とったんじゃな?」
マヤは一瞬答えに詰まった。
しかしアルテミスとヘラクレスがずっといなかったのだから隠しようがないと思い、素直にうなずいた。
「はい… そうです」
「ふむ」
ヘングストはそれ以上何も言わず、黙って二人はアルテミスの馬房まで進んだ。
馬房に着くと、マヤが明るい声を上げた。
「うわ~、ふかふか!」
ブヒヒヒン! ヒヒーン!
馬房には、ふかふかの寝わらが敷きつめてあった。
嬉しそうに馬房に入るアルテミス。
「ふふ、良かったね」
マヤは振り返ると、ヘングストに頭を下げる。
「ヘングストさん、ありがとうございます」
「なぁに、これがわしの仕事じゃて」
「ヘングストさんの作る寝床は最高ですもの。ほら、アルテミスも嬉しそう」
ヘングストは馬一頭一頭の寝る癖まで熟知して、寝わらの高さを調整していた。
寝わらの敷き方は、隅の方を高くして中央を低くするのが基本だ。中央が高い場合、寝ぼけると壁に向かって転がってしまい起き上がれなくなるからだ。隅が高いと、転がっても中央に戻ってくることができる。
しかしこれは基本であって、馬それぞれに癖と好みがある。
アルテミスはなんと中央を高くして、それをまるで抱き枕のように前足で抱えて寝る。おまけにその姿勢のまま、時々寝わらをムシャムシャとつまみ食いする。
オルオの馬 “アレース” は主に似たのか少し変わっていて、寝わらの高低はあまり関係なく仰向けになり腹を見せて寝る。
もっと個性的なのは、ハンジの馬 “プロメテウス” だ。彼の場合、何も考えずに寝わらを馬房に一定量放りこめば良い。
プロメテウスは、毎晩毎晩自分で寝床を作る馬なのだ。それも一つのパターンではなく、その日によって寝床の形を変える。あるときは基本の隅が高い形、あるときは真っ平、あるときは寝わらを一か所に山のように集め、それを枕に高いびきをかいていた。