第26章 翡翠の誘惑
「………!」
レイの申し出を受け入れられない理由を理解してもらうには、想い人がいることを伝えなければならない。
そう考えていたときに、レイがしてきた質問はまさにズバリそのこと。
マヤはそのあまりのタイムリーさに目が飛び出しそうに驚き、思わず想い人がいることを口にしそうになったが、かろうじて踏みとどまることができた。
……危ない! 兵長のことが好きだって言いそうになったわ…。
そんなこと言える訳ないじゃない。
レイさんはペトラや、ハンジさんや、ナナバさんや、ニファさんじゃないのよ? 女同士でする恋バナとは違う。
それにオルオやモブリットさんみたいに女同士ではなくても、友情や先輩後輩として築いてきた絆のもと相談し合うという形でもない。
……レイさんに好きな人がいるなんて言えない。
「別に… いません」
なんとか心の中で激しく揺れ動く感情を押し殺して、短く返答する。
「………」
黙ってマヤの顔をじっと見つめるレイ。
レイは何かを感じ取っていた。
“好きな男がいるのか?” と訊いた瞬間にマヤが見せた瞳の驚愕。もともと大きな琥珀色の瞳がこぼれ落ちそうなほどに見開かれたことを、一瞬だったがレイは見逃さなかった。
わずかにひらいて、何かを伝えかけたサクランボ色の可愛いくちびるも。
……誰かの名前を言いかけたんじゃねぇよな…。
そして困った顔をして何かを考えた様子ののちに絞り出すように出てきた言葉は “別にいません” …。
……そんな訳ねぇだろうが。
誰だ?
誰がマヤの心を占めている?
………!
唐突に浮かぶ黒い髪で目つきの悪い男。
グロブナー家の舞踏会の夜に、マヤと二人きりになるはずだった馬車に強引に乗りこんできた小柄な男。
オレのライバルだと確信たらしめた人類最強のリヴァイ兵士長。
……まさか。
兵士長なのか?
もしマヤに好きな男がいるならば。
……畜生!
レイの翡翠色の瞳は、また翳りを見せ始めた。