第26章 翡翠の誘惑
「……嫌いではないです」
そう答えるしかない。
レイのことは嫌いではない。異性としてどう想うか考えたことはないが、知人としては普通に好意を持っている。
そう、まだマヤの心の中では、レイは友人ですらないのだ。
ただ単に、前回のグロブナー伯爵の舞踏会で出会った一人の貴族にすぎない。
もちろんグロブナー家で起こったペトラやミスリル銀の事件のいきさつからレイの活躍には目をみはるものがあり、その行動力には一目置いている。また事件後には急遽屋敷に宿泊するように手配もしてもらって感謝も深い。
そしてレイ本人も人好きのする人物でもあり、くわえてこのたぐい稀なる美貌の持ち主であるからして、嫌いになる要素なんか何ひとつない。
「でも私はレイさんのことをまだ何も知りませんし…」
「そんなことか。今から知ればいいだけじゃねぇか」
全くなんの問題もないといった雰囲気のレイに、マヤは言い返した。
「そんな簡単に言いますけど、無理ですから」
「何が一体無理なんだよ。お前はオレのことを別に嫌ってるんじゃねぇんだろ? ただよく知らないだけなんだろ? それから結婚とかつきあうとかを今まで考えてこなかっただけなんだろ? なら今からオレを知ればいいし、今から結婚を考えればいいだけだ。単純だよな?」
マヤに最初にきっぱりと断られたときには苦悩に満ちた様子だったレイの翡翠色の瞳は、いまや生き生きと希望の光に輝いている。
「そうかもしれないけど…」
理屈ではレイの言うとおりかもしれない。
だがマヤの心はレイではない人のものなのだ。
今から知るとか、今からつきあうことを考えるとか、そもそもマヤにとっては “ない” 選択肢。
しかしそのことをレイに理解してもらうためには、想い人がいることを告白しなければならない。
……そんな恥ずかしいこと、できない!
マヤが内心で色々と思い悩んでいると、レイはまた訊いてきた。
「マヤ、もしかしてお前… 好きな男がいるのか?」