第26章 翡翠の誘惑
「バルネフェルト公爵のそういうところ、尊敬できます!」
マヤは目をキラキラさせている。
「さっきも私たちの壁外調査の話を、すごく熱心に聞いてくださって…。オルオなんか熱弁をふるうあまり、いつもの調子で舌を噛みそうになったけど、ペトラが脇腹をつねって阻止したんですよ?」
「やべぇな」
「でしょう? 私たちは見慣れてますけど、さすがに公爵の前であの流血は駄目だと思うので、ペトラが止めてくれてほっとしました。それからね…」
楽しそうに公爵との会話を思い出しながら、レイに話すマヤ。
レイは相槌を打ちながら、ますますマヤへの愛おしさが増していく。
「マヤ」
もう黙っていられない。今を逃せばまた、マヤはオレのそばから離れて親父や兵士長のところに行くだろう。そうしたらもう伝えるチャンスはなくなってしまうんだ。
「調査兵は、いつまでつづける気だ…?」
「………?」
それまで無邪気に、公爵との会話やゴージャスな食事や美味しい酒の話をしていたマヤは、レイの質問が唐突すぎてすぐには理解が追いつかず、その琥珀色の大きな目を真ん丸に見開いたかと思うと、ぱちぱちと瞬きをした。
ゆっくりと投げかけられた言葉を頭の中で繰り返して、ようやく答える。
「……いつまでって、ずっとですけど…? 質問の意味がよくわからないですが…」
「すまねぇ。その…、たとえばそのうち故郷に帰って…、結婚したりは考えてねぇのかと思ってだな…」
「結婚!?」
思いがけないキーワードが飛び出してきて、マヤは素っ頓狂な声を出した。
結婚なんか考えたこともない。そもそも相手がいない。というか恋人すらいない。
……レイさん、どうしちゃったの? なんでそんなことを訊いてくるの?
マヤは大混乱におちいった。