第26章 翡翠の誘惑
レイの顔がどんどん赤くなっていく。
「顔が赤いけど…、大丈夫ですか?」
「あぁ、別になんでもねぇ。ちょっと息が上がったのかもな」
顔が赤い理由なんか知られたくもない、そんな想いで適当にダンスのせいにしたならば。
「それはいけませんね。休憩しましょうか」
するりとレイの腕の中からマヤはいなくなり、ガーデンチェアへ。幾つか設置してあるうちのベンチタイプのものに先に座ると、ぽんぽんとその隣を手で叩いた。
「さぁ、座ってください」
「………」
マヤが今夜泊まる部屋の名前を答えられなかったばっかりに、腕の中から逃げられてしまった。
今さら “別に踊って疲れた訳じゃない” とも言えずに渋々、ガーデンベンチに並んで腰かけた。
「ごめんなさい。やっぱりまともに踊れない私と一緒だと疲れちゃいますよね…」
……違ぇよ!
と心の声を表に出せずに、曖昧にうなずくにとどめた。
しばらく黙って二人でぼうっと眼前に広がる薔薇園を眺めていた。毛づくろいに夢中だったアレキサンドラは、いつしか丸くなってよく眠っている。
「赤と言えば…」
レイの顔が赤かったことが連想要因なのだろうか、マヤが唐突に口をひらいた。
「アトラスさんのお屋敷では、赤い薔薇だけの薔薇園があるんですよね…?」
「そうだが」
「白い薔薇園がこんなにも素敵なんですもの。赤も綺麗だろうなぁって」
マヤは胸の前で両手のひらを合わせている。
「貴族の婦人にはうちの薔薇園より、アトラスのところの方が人気ではあるな」
「そうなんですね」
「毎年5~6月に貴族連中相手に公開してるが、大盛況になってる」
「へぇ…、レイさんのところも公開しているのですか?」
「いや、ここは公開してねぇ。その代わりと言っちゃなんだが、公園の方に薔薇園がある」
「あぁぁ、あの一般開放している道の向かい側の公園ですね」
うなずいたレイにマヤは笑顔を向けた。
「貴族以外の人たちも薔薇を楽しめるなんて、素晴らしいですね」
「……まぁ、そうだな。それが親父の意向だから」