第26章 翡翠の誘惑
「……はい」
素直にマヤは薔薇園の方を見た。
月夜に浮かび上がる薔薇の園。すべて白い薔薇の花が織りなす景色は神秘的ですらある。ただよう香りは高貴に満ちて。
「……綺麗…」
マヤは薔薇園の美しさに心を奪われて、レイの思惑どおりにダンスのことをすっかり忘れた。
なんとかダンスをしようとカチコチに身体を強張らせていたマヤが、薔薇園に魅せられて腕の中でリラックスしている。
レイは満足してマヤには気づかれない程度に、抱く腕に力をこめた。
「レイさん」
「ん?」
「どうして全部、白い薔薇なんですか? やっぱりバルネフェルト家の紋章が白い薔薇だから?」
「そのとおりだ。昔からうちは白い薔薇、アトラスのところのロンダルギア家は赤い薔薇って決められているんだ」
「アトラスさんは赤い薔薇…」
マヤはアトラス・ロンダルギアの丸い顔と豪快な笑い声を思い出す。
「あぁ。バルネフェルトとロンダルギアはずっと親密な関係にあるからな。紋章も色違いで同じなんだ」
「そうなんですか…」
「白薔薇のうちは家紋に始まって、屋敷の装飾も備品も庭園も何もかも白薔薇で統一されている」
それを聞いてマヤは思い当たった。
「そう言えばお部屋のタオルも真っ白で、薔薇の模様が浮き上がっていたから白薔薇だなって思ってたんです」
「……だろ? そんな感じでなんでも白薔薇だからな…。変わりどころで言えば、部屋の名前も白薔薇のものだ。今ペトラを休ませている “ファビュラス” も白薔薇の名前さ」
「あっ! “ファビュラス” って薔薇の名前だったんですね。風変わりな呼び方だなと思っていました」
「部屋が多いからな…。便宜上どうしても呼び名が必要なんだが数字を割り振るのも味気ねぇし、いつしか薔薇の名前で呼ぶようになったらしいぜ?」
「なるほど…。確かに1番の部屋より “ファビュラス” の部屋の方が風情がありますね。じゃあ前に私が泊めていただいた部屋にも名前があるんですよね?」
「もちろん。“エーデルワイス” だ」