第26章 翡翠の誘惑
……あぁ、本当に嬉しいときってぇのは声が出ねぇもんなんだな。
せっかくマヤがダンスの申しこみを受けたというのに、一瞬レイは何も反応できずにいた。
かたまってしまっているレイをまっすぐに見上げるマヤの琥珀色の瞳。月の光できらめいて、瞳の中に星が見える。
マヤの瞳の中の小さな輝きに魅入られたように、身動きできないレイ。
「……レイさん? どうかしたの?」
黙ってじっと自身の顔を穴のあくほど見つめてくるレイが不思議でならない。
「いや、なんでもねぇ。踊るぞ!」
無垢な視線に我に返ったレイは、照れ隠しに少々乱暴にマヤの手を取った。
「どうしたらいいかわか…、きゃっ!」
強引に手を取られてテラスで踊ることになってしまったマヤは、レイに合わせようとするも慣れないステップに身体がついていけずにつまずいてしまった。
「おっと!」
よろめいたマヤを支えたレイは優しくささやく。
「すまねぇ、ステップなんかどうでもいい。ただこうしているだけで…」
「わかりました…」
実際レイにとっては、曲に合わせてダンスをすることはどうでもいい。マヤの手を取ってこの腕の中に閉じこめられたらそれでいい。
だが生真面目にきちんとスローフォックストロットを踊ろうとしてマヤは、まずは耳を澄まして舞曲を感じようと必死だ。
……こういうクソ真面目なところも可愛いんだよな。
レイは自身の腕の中のマヤを愛おしく想う。
「なぁマヤ。ステップも舞曲も忘れろ」
腕の中に閉じこめたら閉じこめたで、欲が出てくるのが人の性。
“ちゃんと踊らなくっちゃ” とステップを気にしたり、舞曲を聴こうと押し黙ったりして、マヤの意識は完全にレイにはない。
……せっかく密着しているんだから、オレを意識しろよ。
「マヤ、薔薇園を見てみろ」
なんとかダンスからマヤの意識を逸らそうと、レイは周囲の景色に目を向けさせる作戦に出た。