第26章 翡翠の誘惑
月光を受けてキラリと輝くアクアマリンが夜風に揺れる。
「やっぱよく似合ってる。……もうアレキサンドラに横取りされないようにしろよ」
手すりの上から、テラスに設置されているラタン製のガーデンチェアに移動しているアレキサンドラをちらりと一瞥してから、レイは笑った。
「こいつ、アクアマリンが自分のものにならねぇとわかったら、もう知らん顔だな」
ガーデンチェアに座ったアレキサンドラは、レイのこともマヤのことも、そして耳飾りのこともすっかり忘れた様子で一心不乱に毛づくろいをしている。
「ふふ、可愛いですね」
そう言って笑ったマヤの顔に再度胸がドクンと高鳴る。
……可愛いのはお前だ、マヤ…!
今だ、今しかねぇ。
高まった気持ちのまま、レイはマヤに申しこむ。
「オレと踊ってくれないか」
「えっ? ここでですか…?」
「あぁ、ここでだ」
軽く眉を寄せたマヤを見ると、レイの脳裏には浮かんでしまう。グロブナー家のテラスで踊るか? と声をかけたならば、無理です! と間髪いれずに拒否されたことを。
「無理とか言うなよ? さっき兵士長と踊ってたんだし、無理なんかじゃねぇだろ」
「……見てたんですか」
「あぁ、見てたさ」
……見てたに決まってるだろ! お前しか見てねぇんだよ。
「だから踊れねぇから無理っていうのはなしだぜ?」
「……でも音楽が…」
「舞曲なら、耳を澄ませば聴こえるじゃねぇか」
確かに口をつぐめば静寂の薔薇テラスにかすかに流れてくるのは、遠き広間の舞曲の生演奏。今はスローフォックストロットというダンス初心者のマヤには到底踊ることのできないものだ。
「ワルツと違って難しそう…」
「うまく踊れなくてもいいんだ。ここなら誰も見てねぇし」
……何を必死になってんだ。かっこ悪ぃな、オレ。
生まれて初めて必死になって願っている。
「なぁ、いいだろ? 踊ってくれよ…」
また拒絶されるかもしれないなんて、そんなことが心に浮かぶなんて、レイの人生において今までは有り得なかったこと。
「わかりました。でも本当に全然踊れませんよ…?」