第2章 芽生える
……スンスンスンスン…。
首すじにミケの熱い鼻息がかかって、なんだか変な気分になる。
……分隊長は、いつもの癖で匂いを嗅いでいるだけよ。深い意味はないんだから! 変に意識する方がおかしい…。
マヤはそう自分に言い聞かせ、ミケのスンスンが終わるのを辛抱強く待っていた。
……スンスンスンスン…。
ミケはふれそうでふれない絶妙な距離を保ち、丁寧に嗅いでいく。
決してふれられている訳ではないのに、その規則的な鼻息の音と温度を感じるたびに、まるで湿った舌で舐めまわされているような錯覚におちいる。
……まだかな? まだ終わらないのかな? なんだか長くない?
マヤが耐えられなくなってきたときに、執務室の扉が前触れもなくひらいた。
その瞬間ミケは、すっとマヤから体を離した。
マヤが顔を上げ扉の方を見ると、恐ろしく機嫌の悪そうな顔をしたリヴァイ兵士長が書類を手に立っていた。
リヴァイはマヤをじろっと睨むと、ツカツカとミケに歩み寄り書類を押しつけた。
「サインが抜けている」
ミケは書類を見るなりフンと鼻で笑うと立ち上がり、執務机の上でサラサラと書類にサインした。
返された書類を掴んできびすを返したリヴァイの背中に声をかける。
「リヴァイ。これからはマリウスの代わりに、マヤに執務の補佐をしてもらう。いいな?」
振り向いたリヴァイはマヤの方に、ゆっくりと目をやる。
その射抜くような冷たい視線にマヤは縮こまったが、ここは挨拶しなければと頭を下げた。
「マヤ・ウィンディッシュです。よろしくお願いします」
リヴァイは避けるように視線を外し、ミケを睨んだ。
「……また分隊副長ではなく、単なる “手伝い” か」
「まだ二年目だからな… そのうち場数を踏んだら副長に任命するつもりだ」
「そうか」
その短い言葉とともに、リヴァイは部屋を去った。
「分隊長!」
マヤが涙声になっている。
「リヴァイ兵長、怒ってましたよね? 私、何か気に障ることしたんでしょうか?」
「……いや、そんなことはない。気にするな」
ミケは窓の外に目をやりながらつぶやいた 。
「リヴァイのやつ… あんなどうでもいい書類、どうしてわざわざ持ってきたんだろうな…」