第2章 芽生える
執務室の鍵をあけ扉をひらきミケがマヤに入れと言いかけたときに、隣の部屋の扉が出し抜けに開いた。
ミケは振り向きざまに鼻を鳴らし出てきた人物に一瞥をくれると、マヤの背中をそっと押して執務室に入った。
執務室には入って正面に大きな机があり、乱雑に書類が積まれていた。
かたわらにはソファセットもあり、そこの小さなテーブルにも書類やら飲みかけのカップやら散乱している。
壁際には本棚もあり、かなり広い部屋だ。
「……結構… 散らかってますね…」
マヤは遠慮がちに、そう感想を漏らした。
自分の直接の上司であるミケ分隊長の執務室にはもちろん訪れたことは何度もあるが、そのときは片づいていた。
しかし先の壁外調査からは、今初めて入室した。
……マリウス、ちゃんとお仕事してたんだね…。
真面目に働く友の姿が脳裏に浮かんだ。
「はは、そうだろう。今日は書類の手伝いの前に、とりあえず仕事をできる状態にしてもらいたい」
「わかりました」
マヤは、まず執務机の上に取りかかった。
散らかっている書類に目を通し、手際良く書類の山を形成していく。
あっという間に執務机の上は種類別、大きさ別に分類された書類が、きちっと角を揃えて積まれた。
窓際に立って外を眺めていたミケは振り返り、ほぅとつぶやいた。
ソファのテーブルの片づけを始めていたマヤは、下を向いたまま眉を吊り上げた。
「ほぅ… じゃないですよ。どうやったら、こんなに散らかるんですか」
書類の分類に気を取られていたマヤは、ソファがギィッと軋むまで隣にミケが座ったことに気づかなかった。
気配に驚くと、すぐ横にミケの大きな体がある。
……スンスンスンスン…。
ミケがマヤの首すじあたりを嗅ぎ始めた。
………!
マヤはもちろんミケが、人の匂いを嗅ぐ変な癖があることを知っているし、自身も初対面のときから今まで何度もスンスンされている。
しかしそれらはすべて、周囲に誰かがいた。
こんな二人きりの室内で、ほぼ密着といって差し支えのない距離でスンスンされたことなどない。
「……あ、あの… 分隊長?」
マヤがおずおずと声を出すと、ミケはしーっと声を出さずに息を漏らし、さらにスンスンを加速させていく。