第26章 翡翠の誘惑
「……昔から工業区の廃液槽はありとあらゆる悪事の証拠隠滅に利用されてきた。今回のケースがそうだとはまだ断言できないが、限りなく可能性は高いでしょう」
「恐ろしいことだな…。すべての真相が明るみに出ることを願うよ」
「レイモンド卿とアトラス卿には一連の事件に多大な貢献をしていただいているので、また何か進展があったならばご報告を差し上げます」
「あぁ、頼む」
レイはそう返したあとに、がらりと表情を変えた。
「さて師団長。今宵はせっかくの舞踏会だ。事件のことは忘れて大いに楽しんでくれ」
ホストらしく笑みを浮かべると、さらに。
「リヴァイ兵士長とマヤ、ペトラ、オルオは公爵とあちらにいる」
ナイルはレイの視線の先を追う。そこはホールから螺旋階段で上がるバルコニーになっていて、バルネフェルト公爵とリヴァイたち調査兵の姿が確認できた。
「セバスチャンに案内させよう」
レイの流れるような視線を受けて、すぐにセバスチャンがナイルをバルコニー貴賓席へと連れていった。
二人の背を見ながら、アトラスがレイを気遣う。
「お前があそこに飛んでいきたいだろうに…。いいのかよ? このままで…」
「マヤが笑っているだろう?」
「は? なんだよ、急に」
「だからマヤが笑っているじゃねぇか」
レイの言葉にマヤを見れば、確かに笑っている。
「マヤが笑っているなら、それでいい。正直に言っちまえばオレがマヤを笑わせたかったがな…」
レイは少し自虐的な笑みを浮かべたが、すっと顔を引きしめた。
「……さぁ、機嫌伺いでもしてくるか。またあとでな、アトラス」
そう言ってレイは、年配の招待客の貴族の群れの方へ去っていった。
「あぁあ~、無理しやがって。親父さんがいようが兵士長がいようが、素直に一曲踊ってくれとマヤにひとこと伝えればいいものを…」
レイの後ろ姿に向かってそうつぶやいたアトラスの声は、楽団の奏でる舞曲にかき消されて誰の耳にも届かなかった。