第26章 翡翠の誘惑
「それはきついな…」
前もって色々と手を回していたのに、すべて無駄になってしまった状況を、アトラスは気の毒に思う。
「兵士長が招待されたと知って、親父に抗議しに行ったんだ。すると親父はオレの顔を見て自分は口出ししない、舞踏会に出ないって約束を思い出したみてぇでバツが悪そうだった。その結果がアレだ」
レイは悔しそうにバルコニー貴賓席を見上げた。
「親父はこう言った。“すまなかった、レイ。あのリヴァイ君がわざわざ私を訪ねてきてくれたのが嬉しくてな…。つい招待してしまった。今さら舞踏会には出ずに私と一緒に食事だけしてくれとは言えない。なぁに、心配は要らない。お前のホストを邪魔する気はないさ。私とリヴァイ君はバルコニー席に引き籠っておくから、他の招待客と存分に楽しんでくれ” だとよ」
バルコニー貴賓席から隣にいるアトラスに視線を移して、レイはつけ加えた。
「……口ではすまないと言っていたが、全く悪びれてなかったけどな」
「あはは、親父さんらしいな」
「だろ?」
レイは笑っている。
それを見てアトラスは微笑ましく思った。
……なんだかんだ言ってレイのやつ、結局は親父さんのことを尊敬してるし、大好きだもんな。
だから約束を破って兵士長と舞踏会に出席している親父さんにではなく、ふらっと現れたなんの罪もない兵士長に怒りの矛先を向けているって訳だ。
「それで憲兵団の…、ナイル師団長はなぜ来てないんだ?」
「兵士長が言うには、急用ができて遅れて来るそうだ」
「ん? じゃあ兵士長は師団長の代わりに来たのか?」
「いや、そうではないらしい」
「じゃあなんで…」
アトラスが “なんで兵士長が師団長の遅刻理由を知っているのか?” と訊こうとしたところへ、執事長のセバスチャンがやってきた。
「レイモンド様、憲兵団師団長のナイル・ドーク様がいらっしゃいました」