第26章 翡翠の誘惑
アトラスの瞬時の表情のことなど気にも留めずに、レイは話をつづけた。
「バネッサが声をかけりゃ、キーキーうるせぇ女どもは皆集まるからな。同じ日にすればオレの夜会にあいつらは全員来られないだろう? だからもちろん “わざと” 同じ日にしてやったんだ」
バネッサ・キャヴェンディッシュは、キャヴェンディッシュ侯爵家の令嬢だ。派手な顔立ち、尊大で高慢な態度が特徴の、貴族の娘グループのリーダー的存在。
相当な面食いであると同時に拝金主義。昔からレイに色目を使っているが全く相手にされないので、グロブナー伯爵がミスリル銀を掘り当ててからは、レイほどではないがそこそこの色男であるカインで手を打とうかと考え、このあいだのグロブナー伯爵の舞踏会にも出席していた。
「そうだったのか。確かに同じ日に設定すれば、バネッサと彼女が率いる娘軍団は顔を出せないもんな。どおりで誰もいないはずだ」
アトラスはあらためて広間を見渡して、その顔ぶれを確認した。
……本当にバネッサのグループの女はひとりも来てねぇな。若い独身女といえば、セザンヌとマリアンヌくらいじゃないか。
セザンヌとマリアンヌは、シャルパンティエーヌ子爵の姉妹令嬢だ。バネッサ率いる派手な独身娘グループには属しておらず、いつも姉妹二人だけで行動している。
グロブナー伯爵家の舞踏会では、注目を浴びていたカインには目もくれずに、リヴァイ班であるオルオに関心を寄せていた。紅のドレスを着ていたのが姉のセザンヌ、白が妹のマリアンヌだ。
「どうだ? なかなかいいやり方だっただろ? バネッサたちを招待したくても来れねぇもんは仕方ねぇよな!」
ざまぁみろ! といった様子でレイは白い歯を見せて笑った。