第26章 翡翠の誘惑
両手に大荷物を抱えてやってきた髪結いは、息を切らしている。
「マヤ様とペトラ様ですね? すぐに髪を上げさせていただきますね。ささ、控え室へ!」
待合室にいる女性二人をマヤとペトラだと断定して、有無を言わせず控えの間に追い立てた。
バタンと乱暴に控えの間の扉が閉まり、あとに残されたリヴァイとオルオは唖然としている。
「……なんだあれは。騒々しい髪結いだな」
「そうっすね…」
二人が控えの間の扉を眺めながら、さてどうしようかと思っていたところへ再び扉がノックされて、今度はセバスチャンが紅茶と酒を持って入ってきた。
「リヴァイ様。先ほどはとんだ失礼をいたしまして申し訳ありません」
直立不動の姿勢から直角に近い角度まで深々と頭を下げて謝罪するセバスチャン。
「……別に気にしてねぇが」
「恐れ入ります」
カチャカチャと紅茶と酒のサービスをしながら、セバスチャンは丁寧に申し出る。
「リヴァイ様…。今宵はぜひ当館にご宿泊を。お部屋をご用意させていただきますゆえ」
「……ではお言葉に甘えよう。助かる」
まだ王都での宿を決めていなかったリヴァイは謝意を述べながら、実のところは想定内だと考えていた。
「それではのちほどお迎えに上がりますので、ごゆるりとおくつろぎくださいませ」
音もなく扉が閉まってセバスチャンが去ったあとに、オルオが意味ありげな視線でテーブルの上を凝視している。
観察眼の鋭いリヴァイはすぐにオルオの様子に気づいた。
「……なんだ?」
「あっ、いや別に…」
「なんだ。はっきり言え」
「いや…、酒だなぁと思って…」
「……あ?」
意味不明なオルオの返事を聞いて、眉間に皺を寄せるリヴァイ。
「わかるように説明しろ」
「いやさっき、ただで酒を飲むために飲み会とか舞踏会とかに押しかけてくるやつがいるって話をしてたんで…」
説明しながらオルオは “しまった” と焦り始めた。これではまるでリヴァイ兵長がただ酒目当てで押しかけてきたと言っているみたいではないか。