第26章 翡翠の誘惑
「俺が公爵のところに行くと知って、ナイルは一緒の馬車で行こうと言ってきたんだがな…。いざ出ようとしたところに急務ができたとやらであいつは本部に残ったんだ。片づけ次第顔を出すと思うが、グズ野郎のことだ。夜が更けちまうだろうな」
リヴァイは軽く首を横に振って、ため息をつく。
「ご馳走の出る舞踏会より優先することってなんだ?」
オルオが真剣な顔でペトラに訊く。
「そんなの決まってるじゃない! 憲兵団の仕事よ」
「決まってるってことはないんじゃねぇの?」
「本部にいるときに用事ができたんだから兵団関係に決まってるでしょ!」
「でもよ…」
ごちゃごちゃと二人で言い合いをしているペトラとオルオのことは華麗にスルーして、リヴァイはマヤに話した。
「王都に来たついでに公爵の顔を見にきたわけだが…。監督役のナイルは来ねぇし、公爵が俺を引き留めたのが結果としては良かったことになるな…」
ペトラとオルオはまだナイルの急務について言い争っているし、マヤはひとりでリヴァイの話を聞くことになった。
「……そうでしたか。ナイル師団長が遅刻されるなら、私たちだけでは不安ですし、兵長が来てくださって嬉しいです」
「そうか」
顔には出さないが、リヴァイの声はかすかに嬉しそうだ。
「ええ。レイさんが何かと親切にしてくれますけど、舞踏会が始まったら、ずっと私たちと一緒にいてくれる訳ないでしょうし…。だから兵長がいてくれたら心強いです」
マヤの言葉はさらに嬉しいのではあるが、“レイさんが何かと親切に…” のくだりが気にかかるリヴァイ。
「親切にしてもらっている… か。そのドレスもレイモンド卿が…?」
「あっ、はい…。このあいだのドレスを元に仕立てておいてくださったんです。だからサイズもちょうどで着心地が良くて…」
マヤは嬉しそうに淡い水色のドレスの胸元や袖、スカートのあたりを見ながら微笑んだ。
「この綺麗な青い色もレイさんがイメージに合わせて決めたらしくって」
「……イメージ?」
「宝石のイメージだそうです。髪結いの方が持ってくるらしい…」
コンコンコンコン!
マヤが説明しようとしたとき、慌ただしく扉がノックされて髪結いが入ってきた… というよりは飛びこんできた。
「申し訳ありません! 遅くなりました!」