第26章 翡翠の誘惑
ぱたんと丁寧に待合室の扉を閉めて、レイは廊下を先に行くセバスチャンを足早に追いかけた。
「セバスチャン、説明しろ」
「はい。突如、予定にない辻馬車が参りました。降りてきたのはリヴァイ様。今宵の舞踏会にはご招待していない旨を丁寧にお伝えしたところ…」
廊下を急ぎながら説明をしているセバスチャンは、そのときのリヴァイの表情を思い出して軽くため息をつく。
……あれは、何もかもわかっていらっしゃるお顔だった…。
「舞踏会に来たのではない、公爵に話があると仰いまして…。約束のない急なご訪問ですので、旦那様がお会いになるかは存じかねますとお答えしたのですが、それでもいいからとにかく取り次げと仰いまして…」
「……それで親父は?」
レイはその先の答えはわかっているのに、訊かずにはいられない。
「リヴァイ様のご来訪を心から歓迎され、ぜひ舞踏会に顔を出してくれと旦那様の方から招待なさいました」
「……そうか。なら本当に兵士長には失礼なことをしたんだな」
レイは沈んだ声を出したが、すぐに気を取り直した。
「セバスチャン、兵士長へ紅茶だけではなく酒も持っていってくれ」
「かしこまりました」
丁寧な物腰で頭を下げて厨房の方向へ去るセバスチャンの姿勢の良い後ろ姿を眺めながら、レイはその整った美貌をゆがめた。
「あぁ、クソ! 情けねぇなぁ、おい!」
苦しい心の内が声になる。
自身がホストの舞踏会。
気になっている女にドレスを仕立てて、呼び寄せて。
あのとき…。グロブナー伯爵の屋敷から乗った馬車の中で、オレのライバルだと認識した兵士長を遠ざけたつもりが、親父の鶴の一声で一瞬で “ぱあ” だ。
……本当に情けねぇ。
いくら今宵のホストだと虚勢を張ったところで、親父には頭が上がらねぇ。
バァン!!!
自身への怒りのままに壁をこぶしで殴ったレイは、苦しそうに顔をゆがめたまま着替えのために三階へ向かった。